“ハレ”の場を支えるフードクリエイター vol.2 フルタヨウコさん HOME./東京・武蔵野市

人と人の出会いを深める「食」は、パーティーやイベントのオープニングなどで欠かせない存在です。現代の「ハレ」の場が多様化する中、食を支える仕事もケータリング専門の会社だけでなく、飲食店や個人が担うものへと広がっています。この連載では食のシーンを支えるフードクリエイターの仕事に注目し、「食を通じて喜びと幸せを生み出す」という根っこにある思いを掘り下げます。

第2回でご紹介するクリエイターはフルタヨウコさん。「HOME.」という屋号を持って、料理・撮影・編集&執筆の仕事を縦横無尽に手掛けています。学生時代は建築家志望だったフルタさんが、どのように「食」をご自身の生業にして行ったのでしょうか?

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「白」をテーマとしたケータリング。自家製カリフラワーのピクルス、シラスの手まりむすびなど、目にも涼やかなメニューが並ぶ。ギャラリー5610の「駒形克己展」オープニングパーティーにて。

もともと「リケジョ」のフルタさんが食の仕事と出会ったきっかけは、展覧会の企画という仕事でした。工学院大学建築学科在学中、実家から自転車で行ける場所に家具デザイナー・小泉誠さんのアトリエがあったという縁もあり、小泉さんの事務所にアルバイトとして通っていました。建築家志望だったものの、時代はバブル経済崩壊後の真っ只中。スクラップアンドビルドの激しい業界に疑問を抱き、建築の外側よりもインテリアという空間の内面を充実させることに興味が向いていました。ちょうど、家具の制作販売・プロデュース会社であるBC工房に就職が決まっていたフルタさんの背中を押してくれたのも、小泉さんの「家具づくりからインテリアへと仕事が派生しても良いのでは」という言葉だったといいます。

ケータリングの仕事との出会いは展覧会の企画運営

BC工房のオーナー・鈴木惠三さんは、かつて西武百貨店のコピーライティングを担当するなど情報発信のネットワークとスキルを持つ多彩な人物。家具の展覧会の企画担当として入社したフルタさんでしたが、図録の執筆、作品撮影、そして企画運営まで任されるようになります。「もともと撮影は好きで、学生時代はバイトして一眼レフを買っていたほど。BC工房では社内にホリゾントもあって、長大作さん、柳宗理さん、そして渡辺力さんという大御所の作品を中判カメラで撮影したこともありました」。

その後、新宿のリビングデザインセンターOZONEでディレクターをしていた萩原修さんからの依頼で「日本人と住まい」展の制作協力も手がけるようになります。古代から現代までの日本の生活デザインの歴史を紐解く大規模な連続企画で、「間取り」や「家事」など、様々なテーマで展示が行われた中、オープニングパーティーでお出しする料理の発注もフルタさんの大切な仕事だったといいます。「建築やデザインの企画展はテーマがはっきりしていて、ケータリングもそれに合わせて考えてもらいました。ケータリングとはそういうものだと思っていたんです。当時はボーンフリーワークスさんにお願いすることが多かったですね。そして予算がない時は外注せず、自分たちで料理を作ったんです」。

これらの経験をもとに2000年にフリーランスとして独立した時には、展覧会やイベントの企画・記録のほかに、料理を作るというもう一つの仕事が加わっていました。

フリーになって最初に手がけたケータリングは、OZONEの「あかり」展のオープニングパーティーでした。“照明”をテーマとしていたので電球をイメージして手まりおむすびをたくさん作り、振る舞うドリンクに“玉の光”という日本酒をセレクトし、来場した方に喜んでいただいたそうです。「当時は個人がケータリングの仕事をすることは今ほど多くありませんでしたが、いろいろと挑戦できて面白かったですよ」。

建築・デザイン・食の仲間に育てられたHOME.の仕事

執筆業、展示の企画、そして毎月1~2回のケータリング。このようなペースとバランスでフルタさんが仕事を続けることができた背景には、当時カフェやシェアオフィス、シェアキッチンが街の中に少しずつでき始めたこともあります。新たにキッチンアトリエを一室借りて固定費の負担を大きくすることはせずに、シェアする場所を見つけて依頼された仕事を楽しむ。そんなたくましさとフレキシビリティは、様々なスキルを持ったスタッフが協力してプロジェクトを達成する、建築やデザイン業界で培われたのかもしれません。

展覧会のオープニングパーティーのケータリングのみならず、企業の社食を作ったり、友人とカフェを運営したり、カフェのメニュー開発を担当したり。フルタさんの仕事の中で料理の比重が年々高まっていった中、2009年HOME.という屋号を持つことにしました。名付けてくれたのは、パートナーと一緒にデザインと飲食業を両立している、アフターアワーズの横田茂さん。端から見ると「何を本業でやっている人?」と思われがちだった横田さん自身の経験から、「HOME MADEとかAT HOMEのように、HOMEという言葉は建築と料理を包括してくれる。フルタさんの“HOME”に関わっている人が集う。そんなイメージを屋号から持ってもらえるのでは」と、フルタさんの仕事の本質を表現してくれたのでした。

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フルタさんがジャムの生産部門でプロデューサーを務める「北欧、暮らしの道具展」のオリジナルジャム。同社のネット通販でも人気のアイテム。

ジャムが仕事の大きな柱に

フルタさんの仕事を代表するものにジャムがあります。フルタさんを知らずにHOME.ブランドのジャムを雑貨店やライフスタイルショップで手にしている人も多いかもしれません。フルタさんがジャムを作り始めたのは、ビジュアルと菓子をテーマとした展覧会に作品としてリンゴジャムを作ったのがきっかけでした。実はフルタさんのお父様の実家は果樹農家。幼い頃から夏休みになると畑を訪ね、旬の新鮮な果物をふんだんに食べてきたフルタさんでしたが、一方でプラムは樹の寿命が短いこと、リンゴは台風や雹の被害を受けやすくて流通できないものが多いことなど、作り手の目線に近い感覚を持っていました。「ちゃんといいものを作っている人がちゃんと豊かになって欲しい。素材に対するアプローチが強くなっていくと同時に、一般の人たちが作り手の考え方にアクセスしやすいのは“食”だと気づいたのです」。ジャムが暮らす人と作る人を結ぶツールとなる。そのような可能性を感じて、ジャムを本格的に作り始めたフルタさんは、2011年友人がオープンしたインテリアショップの定番製品として、HOME.ブランドのジャムを初めて納めます。心がけたのは農家と直接やり取りして果物を仕入れること。そのようにきちんとこだわりを持ってジャムを作っていると、お客さんやショップの方が良い農家さんを紹介してくれる、という自然な循環も生まれました。そして次第にジャムのレパートリーも、取り扱ってくれるショップも増えていったのです。

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イチゴの生産者ご夫妻を取材で訪問したフルタさん。ジャムの材料を生産する方々をなるべく訪ねてコミュニケーションを重ねることを心がけています。

「食べる」だけでなく、「作る」が好きな人を増やしたい

2012年から物作りや小商いをしているメンバー7〜8名がキッチンを共有する、立川のクラウドカフェをベースに活動をしていたフルタさんに、ネット通販とショップ(現在はネットのみ)で北欧雑貨などを販売している「北欧、暮らしの道具店」が、社食調理者を探しているという話を友人から聞きます。ファッションブランド・ヨーガンレールやARTS& SCIENCEの社食を手伝った経験もあるフルタさんは、生産者の顔の見える素材を使って、手作りで社食を提供する企業がもっと増えるべきだと思っていたので、早速訪ねたところ、担当者はフルタさんのジャムのファンだったのです。思いがけない縁もあり、社食を作るだけでなく同社のネット通販でHOME.ブランドジャムの販売もスタート。フルタさんはその後、オリジナルブランド「KURASHI & Trips」のジャム製造部門の立ち上げに関わります。「生産量が安定しない、傷ものなど見栄えが悪い、酸味が強いなどの理由で流通に乗らない果物を、このプロジェクトを通じてより多く救えるようになりました」と言うフルタさん。現在はさまざまな農家の方から週に100kgもの果物を仕入れるまで、事業は成長しています。

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自由大学の朝ごはん学を通じて、自身の朝ごはんの記録をしていた時の写真。器も全国の作家との交流から手元にやってきたものがほとんど。

「北欧、暮らしの道具店」での仕事は、同社の発行するタブロイドやオンラインマガジンへのレシピ提供や料理制作にも及びます。ここで心がけていることも「若い人も忙しい人も、誰もが作れるレシピを提供することで、農家の方が丹精込めて作ったものを購入する人を増やす」ということ。個人の活動でも執筆と撮影を担当したレシピブック『果物のご飯、果物のおかず』(誠文堂新光社)の出版や、東京・青山の自由大学の講座「朝ごはん学」など、手軽な料理をセレクトした器に盛り付け、ビジュアルの提案まですることで、多くの人に日常料理の楽しさを伝えています。今は農家の方を訪ねることで、新たなプロジェクトや料理のインスピレーションが湧く、と笑います。

 料理に関して特別な修業をしなかったというフルタさんが、料理家として、プロデューサーとしての技量を求められるようになったのも、仲間との協働作業を楽しみながらそこで必要なメッセージを伝えること、そして伝える場を編集することに工夫を重ねてきたからに違いありません。そのことが、今の食の現場に求められている大切な力だと感じるのです。

 

 

私を支える「ケ」の食

小学生の頃、兄とふたりで父の実家である果樹農家にプラムの収穫の手伝いに行った時のこと。朝起きたらまずニワトリ小屋で卵をもらい、ヤギのお乳を搾ってご飯にする。お昼は畑で収穫したカボチャの味噌汁やふかしただけのトウモロコシが驚きの美味しさだった。夜は叔母と一緒に作った五平餅。思い返すとあれ以上に普通で贅沢なご飯はなかった。

忘れられないケータリング

母校の恩師に依頼された、建築家・槇文彦さんの講演会でのケータリング。恩師は槇さんの事務所出身。母校でのケータリングも、恩師からの依頼もはじめてのこと。学生たちに協力してもらったセッティングと料理を、槇さんに喜んでいただけたのが忘れられない。

今、会いたい人・行きたい場所

アメリカ合衆国カリフォルニア州でジャムづくりをしているジューン・テイラーさん。ジャムになる果物について感じていること、果物の味をどのように引き出していらっしゃるのか、現地で一緒に作りながら話してみたい。

<information>

HOME. フルタヨウコ
http://home-home.jp

協力/北欧暮らしの道具店
http://hokuohkurashi.com

撮影・レシピ開発、その他お問い合わせはこちらまで

 

著者プロフィール

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小川彩(おがわ・あや)
東京生まれ。フリーランス、エディター、プランナー。インテリア・建築・デザイン・工芸・食など、ライフスタイルを中心としたテーマで雑誌、オンラインメディアなどで編集、執筆。日本のガストロノミーの旗手により食の社会問題提起を行う「いただきます・プロジェクト」事務局。食農育を軸としてプロジェクトネットワークをつくる「Edible Education rice ball network」エディトリアルディレクター。
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