『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』作家・生活史研究家の阿古真理さんインタビュー

きっかけはhueのスタッフが「私の名前が書かれてるんです!」と言って持ってきてくれた1冊の本。作家・生活史研究家の阿古真理さんの著書『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか―パンと日本人の150年 』(NHK出版)。この本を持ってきてくれたスタッフの申さんは韓国出身。実は留学生時代に日本のパンについてや韓国のパン文化について、著者である阿古真理さんから、質問を受けた事があるそう。それならば、と阿古真理さんにhueの食のライブラリーにお越しいただき、インタビューさせていただきました!
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パンの歴史は文明史。壮大な歴史の物語。

hue・今日はhueスタジオにお越しいただいてありがとうございます!
食のライブラリーにも阿古さんの御著書、さっそくおかせていただきました。
出版された『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか―パンと日本人の150年 』は、そのタイトルの通り、幕末の横浜から始まった、日本人とパンとの関わりが壮大な歴史の物語のように書かれていて、引き込まれるように読み込んでしまいました!

阿古・そうですね、パンの歴史の本とも言えます。
この本を書くきっかけになったのは、NHK出版の編集者の方が「パンの歴史の本書いてください」と言ってくださった事なんです。
私は以前、洋菓子の事を調べたことがあって、その時に気付いたのですが、日本の洋菓子の歴史は、あるところまでは、日本のパンの歴史と重なるんです。
「洋菓子をつくる人がパンをつくる、パンを作る人が洋菓子も作る」今でもお店のスタイルとしてはありますよね。
洋菓子の歴史を調べてくると、ちょこちょこパンの歴史も出てくるので、気にはなっていたんです。私自身、パンは大好きで育ったのですが、パンの歴史は、同時に壮大な文明史でもある。とても大きなテーマとして取り上げなくてはいけない! その当時は「私にはとても無理」と、棚上げしてたんですね。

hue・おっしゃる通り“壮大なテーマ”でもってパンの歴史が書かれています。
思いきって着手されたのは、どんなお気持ちだったんですか?

阿古・おととし、和食についての本を書いて、その時に“和食”は私たち日本人にとっての本当に、大きな歴史であると感じました。書き上げた時、私は食や生活の現代史を書くんだと思っていたけど、現代史では済まないようなスケールのものも、もしかしたら書けるのかも、とちょっと思ったんです。

あと、この依頼をしてくれた編集者の方に「どうしてパンの本を依頼したんですか?」と聞くと「私、パン大好きなんです」と返ってきて。
それだったら、私もパンが好きだし、もう二人の女子力で乗り切るしかない!と思って。(笑)
「パンが好き」という女子力だけで押し切って、みんなでわっと驚かせるのだ!と決心しました。
日本の社会では男性的な価値観が主流になってきて、その論理でできている企業社会で日本は動いているんですけど、そこに“女子力”が入ることで違うものが生まれるはず!それくらい新しい風を吹かせてみたいと思ったんです。

日本のパン文化を築いてきた、たくさんの登場人物

阿古・パンの歴史について、今まで断片的に調べてきたことがあったのと、たとえば『銀座木村屋』や、神戸の『ドンク』広島の『アンデルセン』など、最近はパンの企業の社史をドキュメンタリーにした本が増えています。さらに安達巌さんという方が戦後、パンの歴史をずっと調べて書かれている『パンの明治百年史』という百科事典のような立派な本も、何度も引用させていただきました。ただし昔の本なので検索性が非常にわるくて(笑)、本を付箋だらけにして悪戦苦闘しながら調べていきました。
同時に、歴史の教科書なんかも買ってきて、西洋史などの歴史背景も確認しながら書きました。その他はたくさんの方に、実際に会って取材させていただいています。


hue・先に登場した、『銀座木村屋』の創業者木村安兵衛、アンデルセンを作った高木俊介・彬子夫妻、神戸フロインドリーブを作ったハインリヒ・フロインドリーブ、現代では『ルヴァン』の甲田幹夫氏、『VIRON』の西川隆博氏と
著書の中には、パンの人生を捧げた、と言っても過言ではないような人物がたくさん登場されます。阿古さんが一番印象に残る方はどなたでしょうか?

阿古・誰が一番というわけではなく、それぞれがすごい方たちだな、と思います。
パンの歴史に関する本は、先に話した安達巌さんが亡くなられてから新たに出版されていませんでした。ですので、この本はしばらくの間はパンのスタンダードになると、言わざるを得ないと思って書いてきました。
「パンに関わる人物はできるだけすべての方に登場いただきたい」と思ったのが一番です。みなさんへのオマージュという気持ちをこめています。たとえば、「この人の名前はいらないのでは」と編集の方からも言われたんですが、「いいえ入れます、この方には、この話が関係しています」と押し切ってきました。それくらい、一つ一つの歴史を大切にしていきたかったんです。
大げさな言いかたではなく、どの人物が欠けても今の日本のパンは成立しなかったと思っています。


なんでも練りこむ!日本独自のパン文化とは


hue・その方たちの努力のおかげで、日本では独自の文化でパンの市場が広がっていったんですね。日本独自のパン文化というと、どういったところが一番の特徴と言えるでしょうか。

阿古・それは、なんでもパンの中に練りこんでしまうことです!
具材を練りこんだパンや、あんとしてパンの間に入れたものがたくさんある事ですね。もちろんロシアのピロシキや単純なブドウパンなんかは外国にも存在するのですが、
日本のようにこれだけ多様なパンを開発して、つぎつぎと作り出して、つぎつぎと何かを練りこんだパンを作り続ける。これは日本独自のパン文化といえるでしょう。定番のパンで満足するわけではなく、日々、何か新しものを作り出したいという、その欲望のありかた。それはもしかすると、パン以外のものにも共通する日本の文化と言えるかも知れません。なんでもブームになって、なんでも新しいものが登場するでしょう。

“流行り”が国レベルで起こる背景


阿古・ブームが起こるのは出版が盛んになり、大衆文化が成立した江戸時代からずっとそうなんだと思います。
日本が島国だから、という理由が大きいと考えられます。日本は国土が小さくて、外国の影響も受けるけど、地続きの国とは違って侵略の危険がそんなにない。島国という風土からか、しょっちゅう“ガラパゴス化”と言われますね。
台風がやってくるように、ブワーっとブームとしてひろがって、去っていく。
人が集まると「流行り」ができるという傾向があるんだと思います。

あともう一つは70年以上も平和が続いている事です。世界では内戦状態の国もあるし、ヨーロッパでは移民問題もあります。そういう国は日々危険と隣り合わせているわけですよね。日本も震災直後はそういった雰囲気が一時ありました。「何か新しいものを作ろう!」という雰囲気ではなかった。戦争状態でない事、平和で安心していられると国や文化を豊かにするゆとりができることがよく表れたできごとだったことがわかります。

“おやつ”としてのパンブームから、新たなパンブームへ


hue・今は、雑誌でもたくさんの「パン特集」が企画され、街では「世田谷パン祭り」などのイベントもたくさん企画されています。最近のパンブームはどんどん熱くなっている印象がありますね。

阿古・東京では2008年にリーマンショックがあって、節約モードになりました。ちょうどその時、世の中はスイーツブームの次にくるブームを探していた。そうすると、「ケーキは高いけど、パンなら安い」となった。加えて、歩きながら食べられるし、冷凍保存もできる。次の日でも食べられる。いろんな意味でとっつきやすいおやつを再発見したと言えるでしょう。
「パン好き」という方はもちろんそれまでにもいたんですが、広く知られる事はなかった。それがSNSの発達や、スマートフォンの登場もあり、パン好きやパンマニアの人たちが発信する情報が拡散するようになり、パンブームは盛り上がっていきました。

hue・パンブームが加速した2008年のトレンドと、現在のパンのトレンドはどう違ってきましたか?

阿古・当時はスイーツのかわりに楽しめる、おやつとしてのパンがブームの中心として取り上げられてきました。今は少しかわってきましたね。
どちらかというと、ベーシックな、食パンやサンドイッチなど。パンブームが次の段階にきているように感じています。


hue・パンブームの次の段階、阿古さんご自身はどんなパンが次のブームになると思いますか?
阿古・ブームまで盛りあがるかどうかはわからないけど、今は食パンから総菜パン、サンドイッチといった「食事パン」が注目されていますね。
おやつにするには飽き足らず、食事として楽しんでいるといった感じでしょうか。
もともと、「朝食はパン派」という方がいるように、日常的に食事としてパンを選ぶ、それが最近はぐっと広がりつつあるのかな、と思います。

hue・レストランに併設されたブーランジェリー、など、最近は新しいパン屋としてのスタイルも広がりつつありますね。

阿古・最初にそういった話を聞いたのは神戸の『ブーランジェリーコム・シノワ』だった思います。今は、高級フレンチが生き残りをかけて、店に入りやすいようパンを買えるようにして、幅広い顧客にアプローチしているのでしょうか。高級フレンチは毎日行かない人でも、ブーランジェリーだと日常的に通うことができます。
しかし、パンのブームはいつか終わります。今まで、並んでくれていたお客さんが来なくなると、その分の売り上げが減りますよね。ここからは推測ですが、そうなると地元のお客さんを掴んでおかなきゃいけないので、毎日でも買って食べたいベーシックなパンの選択肢を増やしているのかもしれません。

ハード系パンと、やわらかい系パン


hue・パンの動きって、時代の動きと一緒とも言えますね。
たくさんのパンの取材をされてきた、阿古さんはちなみにどんなパンがお好きなんですか?

阿古・私ですか?バゲットと食パンです。
私はもともと「パンは食事」という気持ちがあるので。もちろんおやつとしても食べますけど、その時はお茶請けとしてクッキーやケーキなど本当に甘いものを頂きますから、パンにはあまり、甘さを求めないんですね。
最近はカンパーニュが好きです。パン好きは大きく分けて、ハード系かやわらかい系の2つに分かれますが、私はハード系のパンが好きです。

hue・たしかにハード派かやわらかい派に分かれますね。やわらかい派としては最近ブームのコッペパンに注目しています。

阿古・昭和に育った人はきっと共感してくれると思いますが、学校の給食で出されるコッペパンが美味しくなかった(笑)。だからトラウマになる人は、この世代にはいるんじゃないかなと思います。今はコッペパンの美味しいお店が増えましたよね。餡バターやジャムなどのおやつパンとしても楽しめるし、コロッケや焼きそばなど食事パンとしても楽しめるから、好きな人は多いと思います。コッペパン専門とうたうお店もありますよね。
こういった専門店が次々に出てくるのは特に東京に目立つ現象ですよね。

新商品は出さず、定番商品だけで勝負するスタイルに注目


阿古・そしてこれからは、次々に新商品をだすというスタイルは疲れがでてくると思います。どれもがヒット商品にはならないですから。
例えば、300円台のバケットを看板商品にした『VIRON』は当初とても衝撃を与えました。でも今は、そのバケットを求めてたくさんの方がお店にやってきます。その『VIRON』は定番商品だけを置いて、新商品はださないという方針です。今後はそういったスタイルのお店が増えるように思います。

またお店と街の関係もあります。街にお店がどう定着していくのか。例えば、おしゃれな立地のお店は、わざわざそのお店へ出かける人が多いと思います。「カリスマ」と呼ばれたり、ブームをひっぱっていく注目のお店もありますが、いつまでそのブームが続くのか。カリスマはいずれカリスマではなくなる時がやってくる。もてはやされる時期が終わっても、努力を怠らない人やお店だけが残っていくように思います。

一方、個人店が多い町のパン屋は、息子や娘でなくても、後継ぎがいて「この味が好きだから継ぎたい」という人がいれば盤石であると言えます。
逆に考えれば、弟子が師匠の味を残したいと思わなければ、続いていきません。
適正な価格で、無理をせず、当たり前の事をきちんとするお店が残っていくのだと思います。町で生き残るには、若い人だけではなくて、どんな世代の人にも通ってもらえるパン屋こそが生き残れると思います。


これからの注目は、地産地消型のパン


hue・日本のパンの文化とは、逆から考えると
そういった様々な人のスタイルや伝統の味があってこそ、このパン文化が成り立っているんですね。

阿古・パンを作る、パン職人というのはそうとうな重労働です。また、機械がどんなに発達しても、発酵というのは生き物の活動なので、そこの見極めは作る人の丁寧さも必要ですよね。
これから注目されるパンといえば、地産地消のパン屋さんも挙げられます。今は国産小麦が注目されていますので、パンの材料に地元のものを使うことが人気になっていくかも知れません。
地方の地産地消型のパン屋が、地方の味を首都圏で伝えてくれる、という事も広がりそうですね。

そういった流れの中では『ルヴァン』は、今まで何度も注目されてきたけど、また注目を集めるかも知れません。『ルヴァン』のパンは関東産の小麦を使って、なるべく関東の材料を使っています。例えば農薬をあんまり使っていないとか、しっかり熟成・発酵させるとか。そういった事を大切にしています。

パンの価格を安くするために、いろんな工程を効率化してしまうとお客さんが離れている傾向にあるので、いろいろ面倒だと思うけど、作る工程を誠実にやることが大切だと思います。コストをきちんと払うお客さんも増えてきているので、パンの中身もより安心できるものであってほしいという傾向に行くと思います。

現代は、いろんな情報が手に入りやすいし、パンを買う側も中身については詳しくなってきています。例えば100円高くても体に良いパンを、おいしいパンを食べたいと思う人が多いでしょう。
開発競争は頭打ちになっている印象があります。話題性だけの為に作るパンは、現場でも作り続けるのが大変になってきますよね。これからは毎日食べたいと思わせるベーシックさや、よりよい材料など、そういった部分で勝負するパンがふえていくと思います。


hue・確かに、素材や、その素材の地名を書いた商品は多く見かけます。そして、我々消費者側にとっても、素材の情報は安心感につながり、「食べたい!」と思わせますよね。
今日は、阿古さんのお話から「パン」の魅力をたくさん知ることができました。日本のパンが、世界の人たちからも注目される理由がよくわかります。壮大なパンのお話をありがとうございました!
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阿古真理・1968年兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、書生の生き方などをテーマに執筆。『昭和育ちのおいしい記憶』、『「和食』って何?』、『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』など。
『昭和の洋食 平成のカフェ飯 家庭料理の80年』はちくま文庫より2月8日発売。


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株式会社ヒュー
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