よく食べることは、よく生きること。「食」に感謝する、料理家・江口恵子さんの日々の暮らし

ヒマワリがぱっと咲いたような明るい笑顔。
ハキハキとテンポよく紡ぎ出される言葉。
そして、あっという間に次の作業へと移っていく見事な手際。

 料理家でありフードスタイリストでもある江口恵子さんは、広告や書籍制作、企業のプロモーションの仕事に加え、料理教室に店舗運営も行っています。多忙を極めていながら、その仕事ぶりは緻密にして完璧。撮影で一緒になるフォトグラファーやプロデューサーからはもちろん、料理教室の生徒さんや店舗のスタッフなどからも、絶大な信頼を得ています。

huerepにも所属し、さらに仕事の幅を広げようとしている江口さん。現在のスタイルを確立するのにどのような経緯があったのか、どのような心構えで仕事を進めているのかなどについて、江口さんが主宰する吉祥寺のカフェ「ORIDO(オリド)」でお話を伺いました。
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いきなり上京、その行動力の源は

兵庫県で生まれ育った江口さんは、小さい時から「作る」という作業が大好きで、料理をしている母親の横で勝手に手伝っている子供だったといいます。
その「作る」が高じて、最初に選んだ職場はインテリアデザインのコーディネート会社。しかし、デザインやコーディネートのプランを考えて提案するという二次元の仕事ではなく、実際に家具などを配置された現場が見られる三次元の仕事をしたいと、1年で退職。インテリア雑誌を見て、スタイリストに弟子入り志願をしました。

その際、スタイリストさんに「今、東京に来ても仕事はないですよ」と言われたにも関わらず、「仕事がない時はバイトでも何でもしてつなぎます!」と、本当に上京してしまったそう。当時、20代前半。江口さんの行動力は、この頃から全開です。

尊敬するスタイリストさんに弟子入りさせてもらった江口さん。それまではテレビの中でしか見たことのなかったCMの現場に入り、時には憧れていた大好きなCM制作に携わるチャンスもあって、うれしさのあまり泣きそうになって仕事を進めたことも。

そんな江口さんの「楽しい! うれしい!」という仕事に対する前向きな気持ちは、周りの人にも伝播します。一緒に仕事をした人からの紹介が重なり、現場に呼んでもらう機会が飛躍的に増えていきました。

担当したスタイリングでは、たとえばこのシーンにはどんな人物が登場して、どんな料理をどんな会話をしながら食べているか、その際の器、食べ物の形は?と、場面をきちんと考え、「イメージに合うパンがない」と思えば自分で焼いて持参することもあったそうです。小さい頃から手作りに慣れ親しんできた江口さんにとっては、パンを焼くという行為は何でもないことですが、他の人には「そこまでするの!?」と、驚愕と感心を持って受け止められたよう。「このシーンにはこの形のパンを置きたい」というところまでこだわる仕事ぶりは、さらに信頼を呼び込むことになります。
江口さん「料理を作ることもできるんだと気づいていただいたのか、料理家さんに頼むほどではないけれど、という料理込みの案件が多くなりました。食の仕事が少しずつ増えていったのもこの頃です」

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マクロビオティックとの出会いが、人生を変える

アシスタントを3年半経験してからスタイリストとして独立。食に関する仕事が増え、ル・コルドン・ブルーやリッツ・エスコフィエ・パリ料理学校など、短期で開催される海外の料理教室で学んだりと努力を重ねていた江口さんでしたが、首から上にアトピー性皮膚炎のような発疹が出る症状に悩まされてもいました。アレルギーではないとの診断でしたが、原因不明で1年以上経っても状況は変わらないまま。そんなときに勉強したマクロビオティックが、食に対する考えを一変させることになったのです。

マクロビオティックとは、独自の陰陽論をベースにして食材や調理法のバランスを考える食事法のこと。江口さんは3年間東京の先生の元で学び、その後オランダの学校で2週間ほどマクロビオティックを学んだ際に、自身の症状について先生に相談。「それはストレスと疲労で胃腸が疲れているせい。小麦粉と油を摂らないように」と言われ、実践した結果、症状が治まったのだそうです。
江口さん「西洋医学では原因がわからないまま薬品を使うという処方でしたが、マクロビオティックではまず原因を探ってから食品の組み合わせと調理法で体調改善を目指す。原因を見つけ、納得してからの実践、ということが自分にぴったりハマり、理論も腑に落ちるものばかりでした」

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長く続けられる料理を目指す


実はこの時、第一子を妊娠中だった江口さん。帰国後に出産、料理教室を始めます。生徒は知り合いのママ友たちで、こぢんまりと自宅での開催。しかしここでまた、新たな転機となる人物に出会うことになります。
仕事を一緒にしたライターさんが江口さんに知人を紹介、その人のお宅で食事を作って振る舞いました。その際に、江口さんの手際のよさや語り口の鋭さに目を止めたその家の主が、「個人的な教室ではもったいない。あなたが話している内容はもっと広く世に知らしめるべきだ」と、江口さんのマクロビオティックに基づく理論とそれをベースにした料理を絶賛し、大きな舞台での活躍をすすめたのです。

ここから、江口さんの本来の行動力がまた物事を前向きに動かします。友人向けではなく、広く一般向けに本格的な料理教室を開こうと決心。世田谷に物件を見つけ、ショップを併設した料理教室をスタートさせました。
しかし順風満帆とは言えないことも多く、スタッフとの働く意識の差にイライラしたり、人件費や維持費の確保も本当に大変で、店舗運営は身を削るような思いでした。
そのような中、料理教室で目指したのは、体作りができる日々のご飯が作れること。食は死ぬ間際まで摂り続けるものだから、ある瞬間だけがんばるのではなく、無理せずに長く続けられる料理を作ること、そのためのレシピを心がけました。できる限り、素材も吟味。自分が使って安心できるもの、信頼できるものをセレクトしました。

江口さん「食べ物が変わると、体も気持ちも変わることは体験済みです。それを伝えたいという意識が、私自身を支えてくれました。店舗運営は試練のようにも感じましたが、そのおかげで、これまで自分に欠けていたマネジメント能力などを身につけることができたと思います。この数年で、自分の中に多くのキャリアとデータが一気に蓄積されました」
「収まるべきところに収まるものなんですよ」と笑顔で話す江口さん。困難があっても人のせいにせず、自分で向き合い、無責任に逃げ出すこともしない。その強さがあるのは、目の前の大きな壁を乗り越えたら今までと違う景色が見えるということを、すでに知っている人だからなのかもしれません。

それまでは、「揚げ物なんかしたことがない」「そもそも切り方がわからない」と右往左往していた生徒さんたちも、一つ一つのハードルを乗り越えて腕前がぐんぐん上達。食事が整うことで体も気持ちも整い、生き生きとしている様子を見るのがまたうれしい、と江口さん。日によっては、レシピ通りの分量で作るよりも少し塩分が強いほうがおいしく感じることもあるはず。そうやって、自分の体と向き合い自分を大事にすることで、自己肯定力が満たされていくことが大切だと江口さんは考えています。

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世界への扉を開けていきたい

その後、料理教室とお店は吉祥寺に移転。2016年5月でオープン1周年になりました。いずれも順調な様子でさぞかし安心されていると思いきや、向上心の強い江口さんはすでに次を見据えています。
江口さん「今後は、海外への発信に力を入れていきたいと思っています。日本は食だけでなく、伝統工芸などすばらしい文化があります。そういうすごい技術、美意識を食とからめて伝えていければいいのですが」

江口さんの国際交流はすでに始まっていて、Traveling Spoon」というサイトに登録して、日本の家庭料理を学びたいという海外の方を自宅に招き、ホストとして一緒に料理をしながら日本の文化について語り合う場を設けています。また江口さん自身も韓国に行き、そこで薬膳に出会って韓国の薬膳を習う手段を模索中だとか。

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今では3人の子を持つ母親となり、食育にも力を入れている江口さん。著書を英語に翻訳して発行できないか、海外で講演やトークショーができないか、と夢は尽きることがありません。日本の家庭料理のレシピがそのまま海外の方に受け入れられるかといったら、それは難しいかもしれません。しかし土地ごとに料理が違う郷土食の話や、子供たちの未来を考えた食育の話などは、世界で共有できる可能性があります。

 江口さん「日本の食を海外に発信できれば、話題になることで逆に日本の方にも食を見直していただけるチャンスになるのではと思うのです。美味しいものを食べて不機嫌になる人はいません。食があればそれで笑顔になれる。食の持つパワーをもっと広く知っていただけたら、こんなにうれしいことはないですね」

 食が変われば、ハッピーになれる。食を入り口にして江口さんが伝えるのは、生き方の「理念」なのかもしれません。たくさんの「伝えたいこと」を胸に、江口さんはこれからも強くしなやかに全力疾走を続けていきます。
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江口恵子さんのプロフィールはこちら

江口恵子さん huerep過去の掲載記事はこちら

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 info 食育にまつわる話や海外で出会った食のシーンなど、江口恵子さんが自ら執筆する記事を、シズル・ブログで連載予定です。お楽しみに!


著者プロフィール

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大橋智子/ライター
静岡県生まれ。編集者、ライター。文化出版局、ハースト婦人画報社で、女性誌や企業誌の編集・制作に携わった後、フリーランスに。旅や食、人物インタビューなど、カルチャーやライフスタイル関連の記事制作や編集業務をこなす。

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