サイエンスの視点に、感覚的な偶然を織り交ぜて。 Interview with hue’s Photographer #6 井口俊介

hueという社名は英語の“色調“が由来。自分の「色」を持った多様なフォトグラファーが多く揃っている、という意味も込めてあります。たとえば、それは、こんな色――。

 hueフォトグラファー・インタビュー。第6回目は、物理学を学ぶ理系学生から写真家へ転向。緻密でロジカルな撮影の中に、心地良い情動を忍ばせる井口俊介さんにお話を伺いました。
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物理学と似ている、写真の魅力

――写真を学ぶ前は、バリバリの理系だったと伺いました。
バリバリかどうかわかりませんが(笑)。確かに、東京理科大で物理学を学んでいました。そもそもは子供の頃から飛行機好きで、次第に流体力学などの原理的な物理学のほうに興味が出てきて、物理学を専攻していたのです。ただ途中でついていけなくなったというか、写真のほうがおもしろいなと思い始めて、スイッチしたんですよ。

――写真は学生時代から撮っていたのですか?
ええ。母が大学の頃、写真部に所属していて自分が使っていたペンタックスのSPを譲ってくれていました。僕自身は大学で天文部に入り、そのカメラで天体写真が好きで、シャッターを開放にしながら、流れる星空と山の風景などをよく撮っていたんです。とはいえ、趣味の世界でしたので、4年の時に大学を辞め、写真専門学校へ。広告写真をゼロから学び、2005年、卒業と同時にアマナに入社して、翌年にhueができ、僕もそのまま参加した、というわけです。

――写真に魅かれた理由は何だったのでしょう。
「物理学に近いところがある」と感じたことがまずひとつありましたね。モノや人や景色に、どんな波長の光がどう当たっているかで色や明るさが変わる。シャッタースピードと絞りとライティングなどで、光を物理的にコントロールすることが、写真を撮るという行為ですからね。もっとも、そういった“理詰め“だけじゃない部分があることもまた、僕が写真に魅かれた理由なんです。

――理詰めではない、というと感覚的な部分でしょうか?
そうです。いわゆる人の心に訴えるような良い写真は、理屈で考えた答えとはまた違う感覚的に撮った写真にこそ宿ることがある。僕はどうしてもロジカルに考えて撮影するクセがあるのですが、その理屈を超えたところにまた別の答えがあった……。「なんとなくこんな感じかな」とシャッターを切ったときに、偶発的に美しい光が捉えられる、ということがままありますからね。そうした理屈だけでは制御できない、偶発的なおもしろさを写真に感じて、それを何とか再現したい、という思いがある。それは今なおさら強いですね。
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110529_186971.jpg Photo:Shunsuke Iguchi

「当たり前」というセオリーの先へ

――なるほど。井口さんの作品を見ていると、極めてストレートなシズル写真に見えて、心の奥底にひっかかるような“何か“を感じさせてくれます。ご自身が目指すロジックと感性のバランスがあるからなのかもしれませんね。
ただ、まさに“バランス”なので、先ほど言ったことの逆もあるんですよ。ものすごく自然に感覚的に見えるけれど、実はものすごく計算して作りこむという作業も多い。たとえば、上のスパゲティの写真は「シェフのまかない」のイメージで撮ったもの。だから、いかにも無造作に皿の外側にもソースがはみ出ていますが、自然に見えるように作りこむため、時間をかけて丁寧に塗ったものです。スパゲティそのものも、あざとくならにように一本一本、演出をつけるように置きました。担々麺のほうも実は自然な油のように見えて、すべて作りこんだ狙いどおいに流した油です。スープが売りの店だ、というのが感じられるようなメッセージが伝わるかなと。これらのような1枚なんだけど、その背景が見えるような写真は、やはり作りこむほうが僕は好きですね。

 ――ところで、井口さんの作品では、青系の色を補色のように使われる印象があります。洋書などでは観られますが、日本の食の写真としては珍しいのかなと思いますが
そうですね。好きなんですよ。青。「洋書っぽい」ともたまに言われます。実は10歳までカナダのトロントで過ごしたので、その影響もあるのかもしれません。やはり幼い頃に見て触れたものが、自分の中の美しさの原点にはあるでしょうから。あとは料理写真に一般的に「青を使うと冷たく見える」「美味しそうに見えない」というセオリーがある。からこそ、あえて青を忍び込ませているところもありますね。僕はちょっと「そんなことないのに」と飛び出したい気持ちがあるんですよ。

――「こんな表現もアリでしょ」と提案したいというか、研究者魂ですかね(笑)?
どうでしょう(笑)。ただ仕事の撮影でも見る前から「こういうのはダメだよね」「ああいう表現は違うよね」と限定してしまうのはもったいないなと感じるタイプではありますね。あとはやはり表現者なので、お客さんの要望に対して100%以上のアウトプットを出したいとは、常に思っているんです。そのためには+20%は予想と違うこと、少しだけセオリーからはみ出る表現に挑戦したいなという気持ちがあるんです。もちろん、お気に召さなければすぐに引っ込めますけどね(笑)。

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 Photo:Shunsuke Iguchi

人が求める無意識の「調和」。それを崩す。

 
――そんな井口さんらしさが出た具体的な仕事でいうと、何がありますか?
明治の「果汁グミ」のパッケージでしょうか。ジューシーな果汁感のある人気のグミなのですが、2年ほど前、カメラマンが何人か変わった後に、僕のところに来て撮ったところ、気に入っていただき、その後は他の商品も指名で撮らせてもらえるようになりました。こだわったのは「色」と「水滴」だったんですよ。

 ――「色」は得意の青みですね。
ぶどう味のぶどうの色ですね。実は本当のぶどうだとこのような紫のものは無いんですね。けれど、ユーザーの方が求めるぶどうの味を色であらわすと、これくらいの青みがかった紫になる。そこでレタッチも含めて、僕のほうで今の色味を出させてもらった。巧みな印刷もあるのですが、まずこれが他にはないぶどうの美味しさを表現できたと思います。

 ――もうひとつの「水滴」というのは、ぶどうのふさについている細かな水滴ですか?
そうです。イメージしたのは「水がいっぱい入った樽の中に一度つけて取り上げたばかりのぶどう」でした。もっとも、本当にざっと樽の水につけてもこうした形には水滴がつかない。かといって霧吹きなどでかけると、もっと細かな、朝霧のついたような表現になる。そこで、一つひとつを計算しながら、注射器で水滴をつけていったんですよ。

 ――それは大変な作業ですね。かといって時間もかけられないわけですし。
そうです。加えて、水滴をこう人工的につけていくと、いくら「自然に自然に…」と意識しても、等間隔に配してしまったり、気が付くとキレイに直線で並べたりしてしまう。人間って、無意識のうちに視覚的な調和を求めてしまうんですよ。するとわざとらしい写真になってしまう。そうした“無意識の罠”みたいなものに、自ら落ちてしまわないように、自分の脳を騙すように作り上げました。自然な感じを、極めて作りこんで生み出した、というわけです。結果として満足できる仕上がりとなり、結果にもつながったのは光栄でしたね。

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  Photo:Shunsuke Iguchi

あえて“本物”を使う意義。

 ――最近では、タリーズコーヒーの缶飲料のパッケージも手がけられていましたね。
はい。あれはバリスタが入れる本格的な味を伝えたいと考え、本物の氷を使って撮影したんですよ。本来、こうした氷を使った撮影は溶けてしまうので、アクリル製の氷を使って撮ることが多い。けれど、今回は「プレミア感や本物の良さをアピールしたいので、本物の氷を使って撮りたい」と僕のほうから提案させていただきました。

 ――本物はやはり違うものですか?
やはり違いますね。もっとも、エンドユーザーの方がコンビニの棚で観たときに、意識できるほどには差は出ないかもしれません。ただその写真がふと目に入ったときに感じる「本物らしさ」って強いと思うんです。「他と違う、本格的な商品だな」と瞬時に感じてもらえる。そう思って、今回はあえて挑戦させてもらいました。撮影はスピード勝負で、やはり大変なんですけどね(笑)。もっとも、結果がついてきて、クライアントにはとても満足いく仕上がりになり、売上も伸びたようで一安心しました。

150306.jpg  Photo:Shunsuke Iguchi

レタッチまでも自分でやる強み。

――こうした撮影は、レタッチの作業もすべてご自身がやられるそうですね。
そうですね。理系だから、というわけじゃないのですが、デジタル関係はもともと好きなので、仕事の半分以上は納品データまですべて一人でやっちゃいますね。レタッチ作業を視野に撮影できるので、出口が明確になる分、ムダなカットを撮ることも減り、効率的ですからね。またクライアントの方も「これ、後で合成しますから大丈夫です」といっても不安に思われることがある。そんなときに「たとえばこんな感じで仕上げますよ」と少しデスクトップでの作業をフォトグラファー自身がやると、安心してもらえる気もしています。

 ――撮影を終えた後や、オフのときもシャッターを切ることが多いそうですね。他の社員から「深夜までかかった撮影の帰り道に、雨の路上でスプラッシュの画像をとってフェイスブックにアップしている井口さんにおどろいた」という声があがっていました(笑)。
結局、シャッターを切るのが好き、写真が好きなんですよ。作品づくり以外で、あまりプライベートでも撮りまくるフォトグラファーって少ないのかもしれないけれど、僕はやっちゃいますね。またそれが仕事へのひらめきの源泉というか、アイデアのストックにも繋がる気もして。

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――意識して、興味のないショップや本を眺めるとも伺いました。
はい。人間って、どうしても自分が興味のあるものばかりしか目にしないじゃないですか。だから、たとえばショッピングモールに寄ったら、レディースのお店ものぞいたりする。書店にいっても、全く興味のない書棚のコーナーであえて何冊か立ち読みしたりしますね。繰り返しになりますが、ロジカルに加えて偶発的に、良い写真が生まれることはある。けれど、こうした日々の積み重ねで、その確率を高めることはできると思っている。すべてが「おいしい写真」に繋がると、僕は信じているんですよ。

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Shunsuke Iguchi1980年兵庫県生まれ。東京理科大理学部物理学科入学。03年日本写真芸術専門学校入学。2005年株式会社ヒューに入社。趣味はたまのツーリング。「そこでも写真ばかり撮っていますね(笑)」

 

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※hue’s Photographer #1 大野咲子のインタビューはこちらから

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著者プロフィール

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箱田高樹(はこだ・こうき)
1972年新潟県生まれ。株式会社カデナクリエイト所属。ビジネスマン向けの媒体を中心に「仕事」「経営」「ライフスタイル」に関するライティング・編集を手がける。『月刊BIG tomorrow』(青春出版社)、『Discover Japan』(エイ出版社)、『週刊東洋経済』(東洋経済新報社)、『マイナビニュースbizトレンド』等に寄稿。著書に『カジュアル起業』等がある。
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