あいまいな実存を、美しくきりとる。 Interview with hue’s Photographer #7 塩谷智子

hueという社名は英語の“色調“が由来。自分の「色」を持った多様なフォトグラファーが多く揃っている、という意味も込めてあります。たとえばそれは、こんな色――。

hueフォトグラファー・インタビュー。
第7回目は、ガラス工芸で得た知見とセンスを、光と水の表現に落としこむ塩谷智子さんの登場です。

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ひとり旅に出て「らしくない」画を撮る理由

―毎年、海外へ行き、そこで撮った作品の展示会をするのがライフワークだそうですね。
はい。スペイン、インド、ベトナム/ラオス、イギリス、ウズベキスタン、そして昨年のドイツと、もう6年続いています。撮影してきた写真は、hueのスタジオhue Plusの一部で展示。ここ3回ほどは、世界の朝食が食べられるカフェ『WORLD BREAKFAST ALLDAY』とのコラボレーションで、私がいった国の朝食メニューを楽しみながら、作品についてお話させてもらうイベントも好例になっていますね。

――「ドイツだけどドイツっぽくない」「インドなのにインドに見えない」写真が多いですね。
そういう写真を撮りたいと思っています。そもそも私は旅行にいくときにほとんど事前に下調べをしないんです。ほぼひとり旅なんですけどね(笑)。しかし、現地に入ってから「あ、あそこ良さそうだな」「景色が良さそうだな」というところをさまよったほうが、すばらしく絵になる湖畔や、そこに住む人たちの生活の匂いが濃厚に漂う路地裏などに出会える。そんな瞬間が好きなんです。私の旅に対する動機づけがそのまま写真になっているんでしょうね。

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Photo:Tomoko Shiotani

――そうしたスタイルで旅をして、撮影するようになったきっかけは?
最初のスペインの旅です。バルセロナのはずれに、大きな岩山があって思い立ってカメラ片手にひとりで登ってみました。ただ、そのときの気温が45度くらい。一人で山に入って「ああ、このままさまようと死んじゃうかも」と朦朧としていたところに急にパーッと開けた山頂にたどり着いた。そこから見下ろした街の姿がすばらしかったんですね。そこで、ぐっと心をつかまれた経験が、今も忘れられないんですよ。

―そうした旅が、仕事に活きることはあるのでしょうか?
大いにありますね。「あれを撮ろう」と決めて旅するわけではなないので、突然、撮りたい景色や瞬間があらわれる。しかし当然、目の前の光線の具合や人の佇まいは一瞬で変わります。チャンスを逃さなたいめに、カメラを構えて数秒で撮らざるを得ないんですね。この即興性みたいなものが、時間が経過とともに色や形が変わりやすい食の撮影にそのまま活かせています。スピーディに手と脳を動かすことが習慣になっているんです。

―国ごとに違う光の具合や、漂う空気の色調みたいなものも貴重なインプットになっている気がします。
それもありますね。直接、目でふれた光線は強烈に記憶に刻まれる。たとえば最近なら、「手料理と、生きよう」というコピーとともに、料理がある生き生きとした生活の姿を切り取った、バーミキュラの広告撮影を手伝いました。あれなどは、まさに私がヨーロッパで見て、感じた光を再現したものです。

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Photo:Tomoko Shiotani

あいまいさに魅かれ、ガラスを選んだ。

―多摩美術大学では、工芸学科だったそうですね。
はい。そもそもは子供の頃からアート表現に興味がありました。ただ原体験はジブリなどのアニメなんです。キャラクターやストーリーよりも、美しく色が重ねられたアニメの背景画に引きこまれ、クレヨンでずっと模写していました。その後、マーク・ロスコの色の中に色をあるような現代アートにひかれ、油絵を描くように。さらに立体や空間を使うインスタレーションに気持ちが向いて、多摩美では工芸学科に進み、ガラス専攻に進んだというわけです。

―ガラスを選んだ理由は?
工芸学科では陶芸や鉄などの金属も扱うのですが、ガラスだけが持つ物質としての「あいまいさ」がとてもおもしろいと感じました。ガラスって透過していますよね。観念的にいうと、確かにそこにあるはずなのに、実存しないようにも見える。それでいて形も自在に変えられる――。なにか、創作意欲をかきたたせるものがあったんです。

―しかし、そこから写真へと道を変えました。
これもガラスがきっかけなんですよ。大学のとき、大勢のヌードを撮って、そのネガフィルムを板ガラスに挟んで磨き、100個ほどそれを並べる、というインスタレーションを作りました。このときにツールとして写真を使ったわけですが「ガラスに似ているな」と感じたんです。

―写真がガラスに似ている?
ええ。写真は被写体がないと撮れません。しかし、写真としてあがってきたときには、もう被写体の実像は存在していないわけですよね。自分が求めていた「あいまいな美を形にする」という表現に、写真は最もシンプルに近づかせてくれるんじゃないかなと思ったのです。何日もガラスを磨いたり、数日後にやっと釜をあけられるという陶芸と比べると、作業もスピーディですしね(笑)。だから大学でも、途中からは写真ばかりとっていましたね。

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大学時代に制作したガラスのインスタレーション。写真にふみこむきっかけに

撮影のとき「写真を撮っている」イメージはない。

―hueに入った経緯を教えて下さい。
大学の求人票でアマナを見つけ、「あ、写真の仕事だ…」と思って軽い気持ちで応募しました。そこで合格し、グループ企業のhueで採用されました。実は食の撮影は大学時代のアルバイトで経験していて、某情報系企業の飲食店紹介の情報誌で、店の内外装や食事メニューを撮っていました。その経験も評価されたのかもしれません。

―「食」の写真には、以前から興味が?
いいえ。ただ、そのアルバイト時代に「自分に合いそうだな」と感じたところはあります。バイトでは事前に編集部が取材先の飲食店に電話でアポをとっていて「撮影用のオススメメニューのセッティング」まで依頼されるなど完全にお膳立てされた撮影でした。あとはカメラマンである私が現場にいって撮ればいいだけ、という。けれど私は「もうちょっとスープを少なく見せたほうがよくなるな」「小鉢は右に寄せたほうが美しいだろうなあ」と考えて、ぱぱっと現場でスタイリングを替えていたんです。実際、お皿や料理って見せ方をいかようにも替えられますからね。私はよく言うのですが、「食の写真は、絵に似ている」と思うんですよ。

―絵、ですか?
絵、とくに油絵を描く時って「右に色が足りないかな」「この部分に流れるような質感が欲しいな」と自分で判断しながら、色や線を足したり、盛ったりする。もちろん、完成されたプロダクトを撮るような場合はあまり手を加ええる余白がありませんが、料理を撮る場合は、絵を描くかのように自分でコントロールしてつくり上げられる。だから、私は今も「食の写真を撮っている」というよりも、「絵を描いている」ように、脳や指を動かして撮影している気がします。

―考えてみれば、工芸を学んだことも食の撮影に直結してそうですね。
そうなんです。食器やカトラリーなどは食の撮影にはつきものですからね。スタイリングを手早く自分でできてしまうところも、個性のひとつかなと思います。モノの質感みたいなものも細やかに見れますし。とくに最近は、「料理の周りにある風景」「食がある日常を切り取った画」などを撮ることが増えているので、経験が活きているなと感じる瞬間も増えていますね。

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Photo:Tomoko Shiotani

積み重ねた人や光との出会いを、ひとつに。

―普段は、広告、パッケージから雑誌媒体、また静止画だけじゃなく動画も手がけられています。中でも思い出深いお仕事はありますか?

自分のなかで転機になったのは、サントリーの『金麦』のシズル撮影ですね。そもそものきっかけは、ジュニアフォトグラファーにとなった直後、作品として撮った「水滴がとびちるグリーントマト」の写真。私はテクニックを見せる一枚として撮ったつもりでしたが、「ああ、これはすごく塩谷さんらしいね」と社内のリアクションが思いのほか、よかった。

―ガラスの器に入った、本当に瑞々しさが溢れる写真ですね。
器のみならず、自然と、ガラスを学んできたことが水滴の見せ方にも反映しているんだと思います。先に言ったとおり、透き通って、光の入り方で表情の変わるガラスの“あいまいさ”に魅かれていたわけですが、水もまったく同じですからね。ガラスを見て触れてきて得た「透明なところに走る光」のつかみ方、それを活かしたライティングに関して、他の人よりは強いこだわりがあるのかもしれません。またトマトに関しては、10代の頃に好きだったマーク・ロスコの色の中にグラデーションで色が入っているような表現も試しています。スタンダードなシズル表現ではるのですが、そんな自分が重ねてきたものをうまく出せたな、と。
shiotani4.jpg Photo:Tomoko Shiotani

―このトマトが『金麦』の広告撮影のきっかけに?

そうなんです。ブックをお見せしたクライアントから「あのトマトのように撮ってほしい」と撮影依頼をいただきました。はじめて自分のブックでお仕事の依頼があったときだったので、すごく印象深いし、以降、他のお仕事でも、水滴やガラスなど「透明感のあるもの」みたいなカテゴリーでお仕事をいただく機会が増えて、とても印象深い撮影になりました。

―野菜はもちろん、ロゴの入った下地部分も、実際に撮影したものなんですね?
はい。撥水性の紙に実際に水滴をたらして撮ったものです。レタッチもしていますが、やはり透き通った水に「どんな角度で光がはいると美しいか」を自分なりに考えぬいて撮りました。得意というか、楽しい撮影でしたね。すごく微妙な違いですが、私の中では大きな違いで。“あいまいな美”みたいなものが好きなんです。やっぱり。
shiotani5.jpg Photo:Tomoko Shiotani

―いま、仕事をされていて、充実感を感じるのはどんなときですか?
先ほどもいいましたが、食を中心としたライフスタイル全体を感じさせる撮影が増えたんですね。その結果、これまで以上にいろんなプロフェッショナルの方と仕事をする機会が増えました。そうしたスタイリストやアドバイザーの方たちと幅広くコラボレーションして、いい現場で、いい仕事ができたときが、今は一番楽しいですね。当たり前のことですが、みなさん自分にはない視点や知見をもっていて刺激になります。自分の写真にも少しずつ皆さんから得た刺激が自分の中に染みこんで、よいアウトプットにつながればなあ、と考えています。

―一貫して、幅広く体験することで、どんどん自分を磨かれてている印象です。現代美術もガラスもアルバイトも、すべて最後は自分の撮る写真につながっていく、というか。
そうですね。まだまだ私自身が発展途上という意識があるので、ある意味、貪欲に吸収していきたいという気持ちが強いのかもしれません。だから、お休みの日も、どこかのおもしろい何かと出会いたいと思い、ギャラリー、お店、公園、劇場、マーケットと、そこら中を自転車で走りまっていますからね。もちろん、海外旅行と同じく、下調べなしのいきあたりばったり。そこもやっぱり「あいまい」が好きなんですよ(笑)。

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Tomoko Shiotani/1984 年東京都生まれ。2010年多摩美術大学工芸学科卒業。同年株式会社ヒューに入社。趣味は「街をぶらぶらと歩くこと」「観劇」など。

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著者プロフィール

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箱田高樹(はこだ・こうき)
1972年新潟県生まれ。株式会社カデナクリエイト所属。ビジネスマン向けの媒体を中心に「仕事」「経営」「ライフスタイル」に関するライティング・編集を手がける。『月刊BIG tomorrow』(青春出版社)、『Discover Japan』(エイ出版社)、『週刊東洋経済』(東洋経済新報社)、『マイナビニュースbizトレンド』等に寄稿。著書に『カジュアル起業』等がある。

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