記憶をくすぐる「美味しさ」を。 Interview with hue’s Photographer #8 森一樹

hueという社名は英語の“色調“が由来。自分の「色」を持った多様なフォトグラファーが多く揃っている、という意味も込めてあります。たとえば、それは、こんな色――。

hueフォトグラファー・インタビュー。第8回目は、ストレートなシズル表現で指名による撮影も多い森一樹さんに伺いました。

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森一樹/フォトグラファー

「美味しさって“ツヤ“なんですよ」

――「卵かけご飯」も「お好み焼き」(下参照)も、森さんの写真はシンプルなだけに、力強く食欲を誘ってきます。 森流の“そそる写真”は、どこに秘密があるのでしょうか?
ありがとうございます(笑)。ストレートにいうと、僕は人が「美味しそうだな」と感じる表現って、「ツヤ」に尽きると思っているんです。

――ツヤ、というのは?
食材のもつ瑞々しさ、脂やソースの照りなどをふくめた水分のツヤです。僕は、料理の写真って「美味しそう」か「美味しくなさそうか」の2通りしかないと思っているんです。そのうえで「視覚的に自分が美味しそうだと感じるのは、どんなところだろう?」と考えてみたら、肉でも野菜でもなんでも、肉汁やソース、あるいはスープがしたたるさまや、その艶やかな質感であることが多かった。それは、これまで食べた料理の記憶。その積み重ねで刷り込まれたものだと思うんですけどね。だから、料理の撮影は常に、そんな「ツヤ」が出るように撮っているんです。

――なるほど。そのツヤこそが、多くの人が共感する「美味しそう」の表現だと。
観た人の「美味しさの記憶」をくすぐっているところもあるんですよ。写真に写ったそのものは食べたことがなくても、かつて食べておいしかった卵かけご飯やお好み焼きの記憶は多くの人が持っている。その記憶している味を想起するトリガーとして、ツヤ感を誇張して表現している面がありますね。

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Photo:Mori Kazuki

――写真を通して「お好み焼きって、ソースがじゅわっと鉄板にあふれてコゲたところがうまいんだよね」とか「卵かけご飯って、やっぱり卵の黄身と醤油のハーモニーがたまらないでしょ!」と伝えているイメージですかね?
まさにその通りですね。どんな表現をしたら、それぞれの方が抱いている「あの時食べたあの美味しさ」の記憶をくすぐり、共感してもらえるのかなというのは常に考えていますね。

――とくにツヤ、水気を表現するためのテクニックがあるのでしょうか?
実際の現場での見た目よりも水気を誇張して撮ることが第一ですね。写真では肉眼でみたほど美味しそうなみずみずしさや、ジューシーさって表現しきれないことが多いので。また、そのためには単に水や脂を塗っても表現しきれないことも多い。そこで、たとえばこのローストビーフの写真。ある惣菜チェーン用に撮ったものですが、ローストしたときに流れ出たビーフの血をあらためて表面に塗っています。とてもリアルで、食べたイメージがひろがる、いい「照り」が出たなあと思いますね。

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Photo:Mori Kazuki

海洋学研究者からの転身。

――ところで、お父様もカメラマンだったそうですね。
はい。若い頃は、東京で雑誌のカメラマンをしていたようです。私が生まれたタイミングで両親の実家だった岡山に引っ越したのですが、そのままフリーのカメラマンとして月に5,6回は家を開け、撮影に出かけていましたね。


――水産大学に進学された、というのがまたユニークな経歴です。
最初は「獣医」になりたかったんです。しかし狭き門だったので「国立で何か動物や自然と関われる分野はないかな…」と探したら東京水産大学(現・東京海洋大学)を知り、そこに入りました。そもそも住んでいたのが岡山の田舎で山ばかりだったのですが、頻繁に家族で鳥取のきれいな海で素潜りしていた。そのたっぷりの自然の中で過ごすことが好きだったんです。多分にその影響もありましたね。環境学科で僕は「海の透明度」の研究をしていました。

――もしかして、研究の過程で「美味しさは水分だ!」という結論に?
いやいや(笑)。ただ研究自体は、個人的にはそれほど面白いとも思えなかったんです。というのも、僕らの研究は「海水を採取して、その海域がどんな条件のときにどんな理由で濁るのか」ということを調べる。科学的にそれがわかれば、たとえば海洋開発や漁で活かせるわけですが、そもそも漁師の人たちは「この時期は海が濁る」と経験や伝承で知っている場合がほとんどなんです。「あたりがついていることを証明する」という作業に、僕個人はあまり面白みを感じられなかったんですよ。

――そこで写真に鞍替えした、という感じなのでしょうか?
そうですね。とはいえ研究室でも水質調査のフィールドワーク自体はものすごく好きだったんです。やはり自然の中にいるのが好きだったので、相模湾や和歌山や伊豆七島など、研究目的だとふつうは潜れないところまで入れるのはたまらなかった。また必ずデジカメを持ち込んで、観察記録として撮影していたのですが、ふと「ああ、写真って少しおもしろいな」とは感じはじめていたんです。それこそ写真は、カンだよりで撮ったときに、データや計算だけでは生まれないようなおもしろい画が撮れたりしますからね。技術的に未熟だった面もあるでしょうけど(笑)。

――そこで、あらためてお父様に写真を習ったのですか?
それは何となく嫌で、機材だけもらいました。ニコンのF3を父から譲ってもらい、大学4年生になると写真ばかり撮っていましたね。結局、最後は教授から就職先まで紹介されて内定も出ていたのですが、丁重にお断りして、カメラマンを目指すことに。そして大学を出たあと、うちの父も出た写真の専門学校に入学して、あらためて写真を勉強した、というわけです。

――当時は、どんな被写体で、どんな写真を撮られていたのですか?
やはり風景、自然、海を撮るのが好きでした。また、マイケル・ケンナというイギリスのフォトグラファーがいて、彼の作風をまねしていました。水辺などの風景を長時間露光で撮ったモノクロ写真が特徴なのですが、独特の静かな自然の姿を感じるところが好きでした。それはまさに僕が鳥取や和歌山の海に身をおいているときに感じた、海をぼーっと眺めているときに感じた不思議な安堵感と同じに思えて「こういう写真を撮りたいな」と目標になっていましたね。

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アートをとるか、食をとるか

――hueにはどのような経緯で?
最初は、その専門学校時代に、インターン募集でアマナを見つけ、門をたたきました。今のhue会長の中島(敏夫)のアシスタントを経験。2週間だけだったのですが、爪痕を残してやろうと「あれもやります、これもやります!」と積極的に動きました。「人出が足りなかったら、いつでも呼んで下さい!」「就職試験でまた伺うのでよろしくお願いします!」とまで言って。ブックで自分の作品を…それこそ、モノクロの風景写真とかをみてもらったときは「ああ、学生の写真だねえ」なんてバカにされましたけどね(笑)。

――そして卒業と同時に、本当に試験を受けて、入社したわけですね。
はい。写真というよりも現場で手際よく動くことが評価されたんだと思います。学生時代は飲食店でバイトしていて、料理も好きでよくつくっていたので、それも良かったのかなと思います。料理の撮影に活きた、というより手際がよくなったところもあって。撮影では大切なスキルでもあるので。そして入社した年に、中島会長や大手社長たちがhueを立ち上げたので、そのままhueに在籍となったのです。

――料理の撮影に特化するhueのスタイルはすぐに馴染みましたか?
hueも10年前の立ち上げ当初は、料理だけじゃなく、化粧品などの他の物撮りも多かったんですね。それもあって、「食の撮影をしていこう」という意識はむしろ低かったです。やはりマイケル・ケンナではありませんが、風景などをアーティスティックに撮ることを仕事にできたらと考えていました。ただhueは3年ほどでアシスタントを卒業するのですが、僕の撮るそうした作品はなかなか評価してもらえなかった。あるとき「このままアート写真でいきたいとしたらあまり見込みはないと思う。食の撮影なら、長年現場で見ていた分、可能性はあると思う。どうする?」と社長の大手にズバリ言われたんですよね。「食でいきます!」と即答しましたね。踏ん切りがついた感じでした。

――料理の写真に関しては、すぐに評価されたのですか?
そうですね。テクニックや撮影のノウハウを現場で学んでいたこともありますけれど、食の作品に特化したブックをつくってからは、すぐフォトグラファーに昇進できました。やはり最初に言った「自分が美味しい思えるところを撮ろう」「ツヤのあるジューシーな画を撮ろう」と、見せたいことがはっきりしていたことが良かったと思います。単純明解に「美味しい」と感じるものを直球で表現できた。

――見る人が多様に解釈できるようなアート写真とはまったく違うアプローチですよね。
ただ似ているところはあるんですよね。いくらアート風の写真といっても、撮る本人は「これが素晴らしい」と思って作品づくりをするしかない。食も「これが美味しいんだ」と信じているものを表現する。僕の場合は、食に関する感性が、より多くの人に共感してもらえたのだと考えています。「卵かけご飯は醤油ですよね!」といった具合に(笑)。

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Photo:Mori Kazuki

最高の一瞬を求めて、とことんやる。

――お仕事はパッケージ撮影が多いと伺いました。やはりひと目で「美味しそう!」と思わせる力がありますよね。
そう評価いただいているとしたらうれしいですね。僕自身、パッケージ撮影は好きなんですよ。ポスターなどの広告はどうしても見ていただく期間が限られますが、商品パッケージは長い期間、多くの方に見ていただく可能性が高い。また商品の“顔“ですからね。お店で「あ、いいな」と手を伸ばしてもらうきっかけになり、やりがいを感じます。
とはいえ、一瞬で売り場からなくなって、さみしい思いをすることもありますが(笑)。

――やはり、そうなると寂しいというか…。
おこがましいのですが「責任を感じる」ところはあります。だから「もうちょっと違う表現があったんじゃないか」「次はこうしたほうがいいだろうな」と振りかえったりもします。パッケージ写真は商品の顔にもなるので、そのくらい気を使う撮影でもあります。

――おつきあいの長いクライアント、あるいは「森さんに是非」と指名も多いと伺いました。その要因はなんだと思いますか?
そうですね。たとえば全部で6業態あるクライアントさんがいるのですが、ありがたいことに、その全てのメニューの撮影をやらせてもらっています。実は一度、一業態だけ他の方に依頼されたようなのですが、あがりがお気にに召さなかったようで、僕のところに戻ってきたこともります。「もう浮気しないです」と言ってもらえたのはうれしかったですね。

――そうした支持いただく要因を、ご自分ではどこにあると思いますか?
「とことんやる」からじゃないですかね。「このパスタの上の刻んだパセリはもう少しだけ右に動かしてほしい」「あのニンジンの赤みがもうちょっと見えるように数ミリずらして」とか、いろいろ意見をもらって、動くのが苦にならないタイプなんです。自分の中にも「これが絶対においしく見える」という自信があると同時に、それはまた別の人が別の“美味しさへの思い”を持っていてしかるべきだと思っているから。だから、美味しさを求める意見にはとことんつきあう。そういう思いは、少し他の人より強いのかなとは思います。

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Photo:Mori Kazuki

――今後はどんなお仕事をされていきたいですか?
出来る限り、多くの人に「美味しい」と思ってもらえて、また長いあいだ目に触れることになる写真を撮っていきたい。メニューや看板、広告パッケージ含め、「おいしそうな写真」を追求していきたいですね。
そうして出会った料理が、その方の新しい「美味しい記憶」になっていくようなお手伝いがしたいですね。あとは完全に個人的な思いになってしまいますが、いま2歳の長男が、もう少し大人になったときに、「あ、お父さんはこの写真を撮っているんだ! え、アレも!? おいしそう!」と思ってもらえたら、うれしいなあ。

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Kazuki Mori/1979年岡山県生まれ。2002年東京水産大学(現・東京海洋大学)卒業。04年東京ビジュアルアール専門学校卒業。04年株式会社ヒューに入社。趣味は料理と素潜り。「料理は子供ができたら凝ったものより、とにかく簡単で早いモノばかりになっちゃいましたね(笑)」

 

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著者プロフィール

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箱田高樹(はこだ・こうき)
1972年新潟県生まれ。株式会社カデナクリエイト所属。ビジネスマン向けの媒体を中心に「仕事」「経営」「ライフスタイル」に関するライティング・編集を手がける。『月刊BIG tomorrow』(青春出版社)、『Discover Japan』(エイ出版社)、『週刊東洋経済』(東洋経済新報社)、『マイナビニュースbizトレンド』等に寄稿。著書に『カジュアル起業』等がある。

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