
「食」のこと
100年後、200年後にも残せる食とは。 フードプランナー大皿彩子さんインタビュー。
huerepに所属するフードプランナーの大皿彩子さん。昨夏、中目黒にヴィーガンメニューを中心にしたカフェを開いたと聞き、さっそくお店を訪ねました。たくさんの食の仕事を手掛け、フードプランナーとして活躍の場をますます広げる大皿さんが、選んだ“ヴィーガン”とは。
ヴィーガンに出会ったドイツ・ベルリンの旅
中目黒駅から山手通り沿い、一本入った路地にカフェ『Alaska zwei』(アラスカツヴァイ)があります。その日は午後14時を過ぎてもランチを囲む人たちで満席。どのテーブルも楽しそうに話が弾んでいて、とても愉しそうな風景が広がっていました。
「私がヴィーガンのカフェを開こうと思ったのは2つのきっかけがあって。まず1つはドイツ、ベルリンを旅したこと。そこは「ドイツであって、ドイツではない」と言われるくらい多国籍文化。そしてベルリンの壁崩壊後、若い人たちを中心にアートや音楽の独自の文化が発展してきた背景があります。街中のカフェのデザインもとてもクール。」
中でもフードマーケットで見た風景が大皿さんの気持ちを大きく揺さぶることになります。平日の夜、そして週末は朝から開催されるフードマーケットでは、屋外・室内ともに小さな椅子やテーブルが用意されていて、多様な文化や価値観を許容するように様々なお店が並んでいます。あちこちから笑い声が聞こえ、地元の人たちが家族や仲間と、愉しそうに食事をしている風景がありました。高いお金をかけて高級な料理を楽しむのではなく、5ユーロ札1枚あれば、お店で作った「おいしい料理」が楽しめる。そしてどのお店でも「ヴィーガン」という目印がついたメニューがある事も大皿さんを驚かせました。
「価格問わず、ジャンルを問わず、たくさんのヴィーガンメニューがある。例えばいろんな背景で育ってきた人たちが集まって食事をする時に、私この料理食べられないです、と言って雰囲気を壊してしまうことなく、たのしく食べられる食事。そのためにヴィーガンが存在するんだって、ベルリンのフードマーケットを訪れて気づきました。」
気兼ねなく誰もが楽しめる食事が必要とされる時代
多国籍な仲間が集まれば、何かしら宗教的な制約、あるいは思想や国の文化の違いで食べられないものがあります。例えば日本では生魚やタコなど美味しく食べる習慣があっても、別の国では受け入れられにくい習慣かも知れません。ベルリンではそういった食文化にとても柔軟に、そして自然に対応するヴィーガンがあり、誰もが楽しんでいたのです。
「地元の野菜を使った料理だから、ヴィーガン料理自体がそんなに高価ではないのも魅力でした。その土地で手に入りやすい食材だけで作れる。地元の土で育った野菜を、あるがままに料理する。それは欲張り過ぎる気持ちがなく、裕福でなくても自然に手に入る幸せがヴィーガン料理にはあると感じました。誰にとっても平等で、平和。そんなヴィーガンに出会えてワクワクしました」。
同時に大皿さんは日本でも同じようにできるのではないかと考え始めます。
ゆたかな水や、さまざまな穀物や植物が育つ日本の土地。「地産地消」という思想も昔から根付いている日本。そしてこれからオリンピックに向けて外国からの注目も高まっていきます。「日本では例えば“ベジタリアン対策”“ハラル(イスラム教の方の食事)対策”のような表現をされていましたが、私は“対策”という考え方ではなく、誰でも気兼ねなく楽しめるヴィーガン料理が日本でも選択肢のひとつとして必要とされるだろうと感じました」。
▲写真は大皿さんが訪れたドイツのフードマーケット
お話を聞いていると、ベルリンのフードマーケットの風景がすぐに思い浮かんできます。
今、目の前にある『Alaska zwei』の風景は、きっと大皿さんが出会ったベルリンの風景そのもの。愉しそうに会話が弾むテーブル。男性、女性、大人に子ども。近所の人たちや外国から来た人。誰もが心地良さそうに過ごしています。
100年先、200年先にも残せるもの
「2つ目の理由は、ヴィーガン料理は100年先にも残るものだと感じているからです。100年後、200年後、人間はどんな食事をしているか想像したことはありますか?」。
例えば100年後、人口が増え、食糧不足の時代になったとしたら。
まず肉や魚は奪い合いの果て、誰でも食べられるものではなくなるでしょう。植物や穀物は、種と耕せる大地があれば育てられる。ヴィーガンのレシピなら100年後、200年後にも残るのではないかと大皿さんは考えました。
「いまも世界中には、明日のご飯に困っている人やその友達がたくさんいます。
あなたも、私も、明日も明後日も、10年後も、変わらずにご飯が食べられるようにするには。植物性のものを選んだほうが、みんなが恵みを享受できると思いました。それは言語化しなくても、みんなどこかで感じているのでは。サステナブルな食事って100年200年たっても世界中の友達が食べられる食事なんです」。
そんな時期に大皿さん自身も好きで通っていたカフェが店を閉めるという話を聞きます。日ごろ、食の仕事のなかで感じていた100年、200年先に残したいメッセージを、
ベルリンで見たフードマーケットの風景を、
カフェという場をつくる事で、かたちにする機会がやってきました。
「まずヴィーガン料理とは“植物性のものだけで作った料理”なんです。日本では“動物性のものを排除した料理”と思われがちですよね。実は私自身は肉も卵もバターも好きで、誰かの手がかけられて食卓に届いたものは何でも美味しいと考えています。なので、動物性のものを食べてはいけない、という考え方ではありません。」
菜食健康法とは違い、ヴィーガン料理は健康のために食べるとは限らないので、
とくに海外では、ヴィーガンメニューを選んでいても、お酒やたばこが大好きな人も多いそうです。
「だからこそ、本能的に食べたい!と思わせるヴィーガン料理をイメージしました。体に良いなどの説明をつけて食べてもらう料理ではなくて、見た目でも食べたいと思わせるような料理。例えば、男性が見ても直観的に食べたい!と食欲をかきたてられるメニューをカフェで出したいと思いました。」
その言葉とおり、『Alaska zwei』には男性のお客様や外国のお客様がとても多く、ランチメニューもボリュームたっぷりです。
「スープやサラダランチでも、満足感がしっかりあるメニューにしています。お昼にお腹いっぱい食べても、夜にはちゃんとお腹がすく。消化するのに、体にあまり負担がかからないんです。結果的にヴィーガンが体に合うからという理由で続けている人も多くいます」
100年後、その土地でカルチャーとして根付くものを目指す
大皿さんはカフェのオープンを報告するため、もう一度ベルリンを訪れます。
「フードマーケットで出会った人たちにカフェの写真を見せると驚いて、東京にヴィーガンカフェがあるなんて信じられない!と。海に囲まれた日本は魚の国だと思われていて、ヴィーガン後進国のイメージが強いようです」。
「文化、カルチャー、ってcultivate(耕す)って言葉が語源だそうです。その土から生まれる事が文化になるんですよね。100年後もその土地にカルチャーとして根付くものになりたいと思って、このカフェを開きました。わたしらしいヴィーガンのメニューを提供し続けて、やがては東京でヴィーガン料理をつくる仲間とともに世界へ発信していきたい」。
『Alaska zwei』という“場”をもったことで、新たなつながりも生まれました。
神戸でがんばる小規模農家さんをサポートする目的で立ち上げた有機&自然栽培野菜定期販売プログラム『Alaska zwei Organic Friends』です。
まず先行して会費を集め、農家さんに支払います。届け先が先に決まれば安心して有機栽培や自然栽培で野菜が作れる。葉つきのビーツや、花付のルッコラ、珍しい野菜もおいしい食べ方が書かれたカードと一緒に届くので、野菜の勉強にもなります。関西のオーガニック野菜は東京で買うと値が張りますが、これは1回に10種もの有機&自然栽培の野菜に『Alaska zwei』のパンやマフィンが付いて10回分3万5000円。会員枠は即座に埋まったそうです。もちろん、この神戸から届く新鮮な野菜はカフェでも使われています。
店内にはこれから物販の棚も作られる予定。「野菜をおいしくするには、調味料が大切。おいしい塩や油、味噌など、いろいろ自分で比べて「これなら良い!」と思ったものだけ棚に並べてお客さんに紹介したいと思っています」。
「私は伝えたいことは、“おいしい”をまぶして伝えたいと思っています。この場所ができて、楽しんでくれる人がいて、そこから伝わればいい。美味しいものは言語も超えて伝わるはず」。
カフェがオープンして常連やファンも増えた。先日は送迎会としてカフェを使ってくれた人がいたそうだ。「送別会や特別なシーンで何食べたい?と聞かれて、寿司や焼き肉と並んでこのカフェのメニューが挙がったと思うと嬉しいです」。
【info】Alaska zwei
(アラスカ ツヴァイ)
東京都目黒区東山2-5-7
TEL 03-6425-7399
営業時間 11:30~21:00(L.O.20:30) [月・火・木・土・日]
11:30~22:30(L.O.21:30) [金] 水曜定休
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著者プロフィール

- シズル撮影専門のクリエイターチーム・ヒュー
- ヒューは食の撮影に特化したフォトグラファーが多数在籍しています。スチール撮影からパッケージ撮影、動画などシズル感のある表現で「おいしい」が伝わるビジュアルをご提案していきます。
