「世界のカルチャーを食でつなぐ」フードディレクター浅本充氏インタビュー・前編

渋谷区代々木上原。都内屈指の高級住宅街で、街中にはケヤキ並木が走ります。その中にポツンと気になる看板があります。その名も『社食堂』

一歩建物の中に入ると、大きく取られた窓からは光が差し込み、半地下でありながら明るい空間が広がります。
真ん中にはオープンキッチン、その手前にはテーブルが並ぶ飲食店……と思いきや、奥には仕切りなしでオフィススペースが広がります!
今回お話を伺ったのは、こちらにオフィスを構えるフードディレクターの浅本充さんです。
過去には食の撮影スタジオhueでもビオワインのイベントを行うなど、20年近く様々な立場で食に関わり、新しいフードカルチャーを生み出している浅本さんの今までの活動とこれから目指すところについて、前編と後編の2回にわたってご紹介します。


食堂の中にある会社? それとも会社の中にある食堂? 『社食堂』はどんな場所?

社食堂は「会社の食堂」と「社会の食堂」をコンセプトとした食堂です。
建築家の谷尻誠さんと吉田愛さんが代表を務める建築設計事務所「サポーズデザインオフィス」の東京オフィス内に位置する食堂は、お二人がコンセプトからメニューまで社員のことを考えて立ち上げました。
また、社員だけはなく社会の健康をデザインすることを目的に一般開放し、日々のごはんやコーヒー、お酒などを一日中提供しています。
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▲本棚に並ぶ本はブックディレクターBACH幅さん選書によるもの。
定期的にイベントを行っており、食堂を囲む棚には関連グッズの販売もしています。


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▲メニューは、肉か魚が選べる日替わり定食、丼ぶり2種、社食堂特製の山椒が効いたカレーなど。食器もいわゆる社食で出てくるようなプラスチック製のものではなく、作家ものです。

僕はフードディレクターとして、この社食堂の厨房レイアウトや器具の選定などのアドバイスを行いました。
元々親交のあった谷尻さんとはそれまでもプロジェクト単位では仕事をしてきたのですが、2017年の終わり、ちょうど40歳で仕事のスタイルを変えようと思っていたタイミングで僕のオフィスもこちらに引っ越してきました。
同じ場所にオフィスを構えることで、食の空間はサポーズ、コンテンツは自分が担当という形で一つのプロジェクトを社内で完結できるようになりました。
食堂は打ち合わせスペースとしても使っています。それぞれ別の案件で離れて打ち合わせをしていても、内容によっては途中から机をくっつけて一気に話が進んで行くことも!
建築設計事務所と一緒に動くことで空間作りだけはなく、運営の部分まで関わるような食の仕事も増えてきています。

東京へ欧米へ、カルチャーの世界にどっぷりと浸った20代

僕がフードディレクターとして仕事をするようになった経緯をお話しします。

生まれ育ったのは兵庫県神戸市。10代の頃から映画や音楽など所謂カルチャーと名の付くもの全般が大好きでした。
20歳になるタイミングで京都へ引っ越し。
そこでは90年代のレコードブームを牽引した『JET SET』というレコード屋で2年近く働きました。
僕はレコードやCDの仕入れもやっていたのですが、そこでよく言われたのは「売れるか売れないかという判断で物を仕入れるな」ということです。
それはなぜこのレコードがこの棚に入るのか、ストーリーが大事にしろという意味だったんです。
何事においてもストーリーを大事にするという感覚は、今も活かされていると思います。
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22歳の時によりカルチャーを求めて東京へ。
今までとは比べ物にならないほどの圧倒的な数の人や物に触れることで気が付いたのは、「自分の生き方がパーソナルなカルチャーであり、それがライフスタイルなんだ!」ということ。
その時の衝撃は忘れられないですね、自分の中でもやもやしていたものが全て昇華された感覚です。
『relax』や『STUDIO VOICE』などカルチャー雑誌も読み漁りました。
自分が言葉にできなかったことを文章として説明してくれる人たちが東京にはたくさんいることを知って、いつかこういう人たちと仕事をしたいと思ったんです。

じゃあその中で自分ができることはなんだろう?
そう考えた時に出た答えが「食」だったんです。

自分が食に興味を持ったきっかけを振り返ってみると、母方のおばが料理研究家だったことが大きいかなと。
僕の両親は共働きだったこともあり、毎日のご飯も彼女が作ってくれました。
また彼女は某有名洋菓子メーカーのプリンの開発にも携わっていたので、家に帰るとあのプリンの試作品が並んでいるような、子供にとっては夢のような生活(笑)。
さらに生まれ育った場所が西洋文化が入り混じる神戸だったこともあり、両親には幼い頃からレストランや洋菓子屋に連れて行ってもらいました。

そういうベースがあったので、東京で触れる様々なカルチャーからも食を通して学ぶことは大きかった。
例えば『ゴットファーザー』のシチリア移民によるミートボールスパゲティからニューヨークのフードカルチャーを学んだり、ヴァカンス映画の巨匠であるエリックロメールの『四季の物語』の夏のシーンではガレットとシードルといったフランスの郷土料理を知ったり。
食を通して学びを得たことで、いつか自分もカルチャーの世界を食で繋げたいと思い始めるようになります。
そうなるとこれはもう現地に行かずにはいられず、20代はフランス料理屋で働きながら24歳と27歳の時にフランスへ、29歳の時にニューヨークに行きました。
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ニューヨークでは1年間ブルックリンに住みました。
住民にはアーティーストも多かったせいか、カフェやレストランの感度も高く、毎日何か新しいカルチャーが生まれるような場所でした。
例えばパン屋さんでみんながコーヒーを飲みたいと言えば近所のおいしいコーヒー屋さんに頼んで持ってきてもらうようにしたり、反対にコーヒー屋さんはパン屋さんにパンやドーナッツを運んでもらったりしていて。
そういう店が地元民から愛されていて憩いの場になっている。
持ちつ持たれつの良い連鎖を目の当たりにして、こういう店を日本でもできればいいなと思いました。
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ブルックリンでの経験は30代の仕事につながっていきます。後編では浅本さんの帰国後の活動について、そしてこれからの夢についてご紹介します。
どうぞお楽しみに!



プロフィール:
浅本 充 Makoto Asamoto
「ブラスリーベルナール」「adding:blue」「レスプリミタニ」でのサーヴィスとソムリエ、マネージャーを10年間経験後、BROOKLYNに渡米。2009年株式会社ユニテを設立。同年に人気のカフェ「自由が丘ベイクショップ」をディレクション。コーヒーの造詣も深く、その楽しみ方のセンスには定評がある。コーヒーのみならずライフスタイルの提案と、新しいフードトレンドや、世界のオーガニック事情の知識も深い。現在は、様々な企業の飲食部門やライフスタイルのコンサルティングに参加。

著者プロフィール

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株式会社ヒュー
株式会社ヒューは「食」を中心とした広告や商品パッケージの撮影から、レシピの開発・提案・クッキングの手配や出版物・WEB・デザイン・SNSを使ったコミュニケーションツールなど多彩にご提案が出来る「食の総合プロデュース会社」です。
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