人をつなぎ、おいしい時間をつむぐ食堂『アルプスごはん』松本探訪記vol.1

長野県松本市。人口約24万人のこの街は北アルプスなど豊かな自然に囲まれ、国内のみならず海外からも多くの観光客が訪れます。かつては松本城の城下町として栄え、今も残る風情ある街並みも見どころの一つ。また柳宗悦による民芸運動の影響を受けた松本はクラフトの街としても知られ、毎年5月には『クラフトフェアまつもと』を開催し、2日間で約5万人が訪れます。
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▲街並みと山並みが一体化!

今回紹介するのは、フードユニット「つむぎや」の金子健一さんです。
過去には食の撮影スタジオhueでもイベントを行った金子さんは、2017年6月松本に『アルプスごはん』という食堂をオープン。
開店の経緯をうかがうと、様々な人のつながりとそれによって広がる街の姿が見えてきました。
金子さん、そして金子さんがつないでくれた松本の人を訪ね、松本の今を全3回にわたってご紹介します。
第1回目では金子さんに現在の活動から松本の街の魅力についてお話をうかがいました。

空間、器、食材、全てにストーリーのある店作り

――『アルプスごはん』はどんなコンセプトで作られたのでしょう?

金子健一さん(以下敬称略) この店はカウンター8席だけの小さな食堂です。内装をお願いしたのは長野県諏訪市にある『ReBuilding Center JAPAN』、通称リビセン。
解体されてしまう古い建物から古道具や古材、建具など救済することを“レスキュー”と呼んで自分たちでメンテナンスをして販売する、建築建材や古道具などのリサイクルショップです。

僕はこの店を作る時、小さい子を連れたお母さんが集える場所にもしたかったんです。
そういう方たちが外でご飯を食べられる場所って限られてしまいますもんね。
なので親子で並んで座れるベンチを探していたのですが、なかなかしっくり来るものが見つからなくて……。
そしたらリビセンがサプライズで作ってくれたんです!
背もたれにはベビーベッドの柵、座面は米を貯蔵していた間仕切りの板、木材も木へんに母と書いて「栂(つが)」というものが使われていて「母」や「親子」といった想いをベンチソファに込めてくれたんですよ。
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▲個性的な店構え。「Alps gohan」のボードの裏に見えるのが、ベビーベッドの柵を利用したベンチの背もたれ

――そういうストーリーがあるものづくりは素敵ですね!

金子 器も1種類に統一しないで陶芸家の友人がプレゼントしてくれた器や仕事をご一緒したときに買わせてもらった器など、ご縁のある方々の作品を使っています。

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▲店内には手作りの小物もたくさん

料理は『SASAKI SEEDS』『ふぁーむしかない』『バジルクラブ』といった農家さんの野菜や合鴨米がメインのプレート。
この野菜が本当においしいので、うちの店ではなるべく肉魚は使わないで農家さんの作物が主役になるようなひと皿をめざしています。

料理に使う水は、「伊織霊水」という井戸水。
このあたりは湧き水がいろんなところで汲むことができるし、しかも場所によって井戸の深さが違うので軟水だったり硬水だったりするんです。
僕が使っている伊織霊水の名前の由来は、1686(貞享3)年に起こった農民一揆「加助騒動」の際に農民の救済に尽くした鈴木伊織という松本藩士がいて、その人の墓のそばでこんこんと湧いていることから付けられたそう。
農民たちに慕われた彼の名前に因んだ水は、農家さんとのご縁でできているアルプスごはんの料理で使ってみたい! と自然と思えてくるものでした。 
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▲(上)葉物にも大豆やお米の1粒1粒にもしっかりとした味わいが感じられ、自然のおいしさを噛みしめられる「本日のアルプスごはん」、(下)黒ごまとじっくり炒めた玉ねぎのコクがおいしい「つむぎやの黒カレー」

コピーライター志望からの転換、食の世界で見つけた道

――金子さんが食に携わるようになったきっかけは?

金子 元をたどれば、学生時代の和食のお店でのアルバイトですね。
でも料理じゃなくて、接客をやるつもりだったんです。
それなのに初日になぜか調理場のユニフォームを渡され……。
結局バングラデシュ人のアニス君と一緒に皿洗いから始めることになりました(笑)。
忙しいと親方の手伝いもしたのですが、まあよく怒鳴られてすぐに洗い場に戻されて、アニス君に慰められてましたね。
2年目になるとまかない作りも任されるようになったんですが、まずいと手をつけてくれないんです。
でもおいしければ親方も店長も褒めてくれて、それがまた頑張ろうという気持ちになるんですよね!
限られた時間と材料の中でいかにおいしいものを作るか工夫することは、今の仕事にも活かされているのかなと思います。
大学の4年間そのお店にアルバイトでお世話になって、調理師免許もその間に取得しました。
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――図らずも料理の現場に入ったことが始まりだったんですね。
そのままどこか飲食店で修業されたとか?

金子 それが学生の当時目指していたのは料理人ではなく、コピーライターだったんです。
なので宣伝会議の講座を受講したり、東京コピーライターズクラブの審査会のバイトもしましたね。奥さんともそこで出会いました。

そしてもう一人出会ったのが、フードユニット「つむぎや」の相方マツーラユタカ君です。
彼とは宣伝会議の講座の同期で、よくみんなと一緒に居酒屋で夜な夜な語り合ったり、マツーラ家に友人を呼んで僕ら2人で料理をふるまいながら家飲みをするようになったんです。そのうちに「来週私の家でホームパーティーをやるから料理しに来て」と友人から頼まれるようになって。
それを2、3年続けていたらいろんなところで声がかかるようになり、2005年に「つむぎや」というフードユニットを結成しました。この名前には「食を通して人と人とをつなげたり、おいしく楽しい時間をつむいでいきたい」いう意味が込められています。

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▲ヒューで行われた、島根県隠岐の島の食材を使った試食イベント

――なるほど!
つむぎやさんにはヒューでもイベントでお世話になりましたが、そういう経緯で結成されたんですね。

金子 「つむぎや」ができた頃、僕はコピーライターを辞めて、パン職人になるべく、パン屋さんでも働いていました。「つむぎや」とパン屋さんの二足のわらじ時代、大変でした(笑)
ちょうどその頃、『オレンジページ』で男性の料理家がレシピ提案する企画があったのですが、とある方からご紹介いただいた編集者の方とのご縁でその中に「つむぎや」も入れてもらったんです!

――2010年前後で男子料理ブームが来ましたよね。
タイミングが良い!

金子 そうですね。
この企画の連載が5年間続き、その間に他の出版社からもお声がけいただいたり、ガス会社から料理教室の依頼など、「食」の仕事に広がりが出てきました。つむぎやのレシピ本は共著も含めると14冊ぐらい出させていただきました。

その時は男子料理らしいがっつり系の料理を求められていたのですが、生産者の方と知り合う機会が増えいく中でもっと人との繋がりだったり、ご縁が感じられる料理がしたいなと思うようになって……。
だんだん求められることとやりたいことにギャップを感じるようになったこともありましたね。
そこで少しずつ生産者の食材にフォーカスをあてた料理の比重を増やしていきました。
料理の裏側にある食材や作り手さんたちの物語をより意識するようになったんですよね。
マツーラ君の地元山形県鶴岡市で食のイベントをしたり、松本でもイベントや料理教室をやらせていただました。

店名『アルプスごはん』に込められた想いとは

――松本とはどんな縁があったんですか?

金子 僕はつむぎやの活動を始めたタイミングで結婚し、奥さんの家の婿養子に入ったんですけど、彼女の実家が松本だったんです。

彼女の家は農家でお米と野菜を作っていて、お義父さんは「松本一本ねぎ」という伝統野菜を種採りしながら代々作り続けています。
そういうお義父さんの背中を見たり、様々な生産者の方と出会うことで食に対する想いがどんどん強くなっていって。
だから松本に移住することも自然な流れで決まったんです。
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▲お義父さんがつくられた松本一本ねぎ。植え替えの時に斜めに植えることで、上に伸びようとするねぎにストレスをかけることで甘味が増すそう!

――それまではフードユニットとして活動されていて、店舗は持っていなかったんですよね?

金子 そうですね、店舗は松本に来てから初めて持ちました。
店舗を出したきっかけは、2015年に当時吉祥寺にあった『食堂ヒトト』で行われた、『松本と吉祥寺』というイベントです。

『食堂ヒトト』のオーナーをやっている奥津爾君は、中学の3年間を安曇野で過ごし、週末は松本に遊びに来ていたので松本を第二の故郷のように思っていたとか。
奥津君の中で思い出の松本はいつも優しい風が吹いている街。
反対に今の吉祥寺は日々店舗や人が増え開発が進んで行き、古きよきものがなくなりつつある街。

そこでかつての吉祥寺にも似た松本を紹介するイベントが吉祥寺で2週間開催されることになったんです。

僕は奥津君と、展示ディレクションを担当した『栞日』の菊地徹君と元々知り合いだったこともあり、料理ディレクションを依頼されました。
栞日はカフェと本屋を営むお店で、元々この場所にお店があったんです。
あとで菊地君も紹介しますね。

依頼を受けてお米も野菜もなるべく無農薬でがんばって作っている農家さんを探したんですが、その時につながった農家さんのものは今もこの店舗でも使っていますよ。
そうして完成したプレートの名前が「アルプスごはん」だったんです。
だからここでお店をやる時も彼らのお米と野菜を使いたいし、店舗名も『アルプスごはん』しかないと思ったんです!

――店名にもそんなストーリーがあったとは!

金子 食堂ヒトトでの展示が終わった後、菊地君がその時の僕の仕事ぶりに感動してくれて、一冊の本にまとめたいと言ってくれたんです。
そこで栞日の自費出版で『アルプスごはんのつくり方』という本を作りました。
内容は2016年から2017年の1年間を通して、松本と安曇野の農家や工芸家の方への取材と、取材先の方々を招いた食事会の記録。
こうした企画の間にお店を出すことも決まったんです。
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食は人をつなぎ、街を変える

――初めてお店を持ってみてどうでしたか?

金子 今までにはなかった人間関係の広がりもありましたし、お客様から心に響く言葉を直接言ってもらえることが何よりも嬉しいなと。
親子でベンチソファに座ってごはんを食べてくれたり、小さなお子さんも残さずお野菜や合鴨米を食べてくれます。
農家さんが届けてくれる作物で四季の移ろいを身体いっぱい感じることができるんです!
確かにやりくりすることは大変ですし、売上を考えたらもっと広い場所に移った方がいいのかもしれない。
でもこの規模だからお客さんと会話ができるし、子供たちも僕が料理する様子をずっと見ていてくれるんです。
さらに東京から来てくれたお客さんと僕の知り合いがつながっていて、その人が帰った後に知り合いから連絡が来るなどつながりも生まれていて。
ケータリングは一期一会になりがちなので、今までとはまた違った喜びや広がりを実感していますね。

――この店の距離感は、お客さんにとっても嬉しいでしょうね。
お店を始める前には想定していなかったことはありますか?

金子 意外と大学生や高校生も来てくれるので、学割を設定したんです。
近くの大学の先生が授業などでおすすめをしてくれるおかげで、毎週のようにその授業を受けた学生さんがアルプスごはん目がけて自転車で食べに来てくれるんです。

高校生はさすがに少ないですね。
それでも定期的に1人で夜ご飯を食べに来てくれる高校1年生の男の子がいてね。彼は食に関心があって、野菜も大好き!
自分でお店を探している中でうちの料理を気に入ってくれて通ってくれるようになったんです。

――高校生にして、その食への向き合い方はすごい……。

金子 さらに彼はコミュニケーションも上手で、お店にいる大人のお客さんとも普通に会話ができるんです。
この間、安曇野の自然栽培でお米を作っている農家さんにもご紹介できました。
農家さんが16歳の高校生に自然栽培の話をしている姿は面白かったですよ。
彼が今の時期に出会う大人の人って、これからの人生にとってすごく大事だと思うので。
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▲店内では地元で採れた食材や商品も販売しています

――その子の将来が今から楽しみです!
金子さんにとっての松本の魅力とは?

金子 人が優しいということと、街の規模感が暮らしやすいこと、子供と一緒に行きたい公園だったり、自然があること、そして野菜がおいしいことですね。

また、クラフトビールやハードサイダーなど新しいカルチャーが根付くように発信し続けているかっこいいお店だったり、リスペクトできる店主がいてくれるのも嬉しいですよね。刺激にもなります。
長年住んでいる年配の方もその様子を付かず離れず見守ってくれています。

――金子さんが松本に住民票を移してから5年の間に街は変わりましたか?

金子 そうですね、だいぶ変わったと思います。

自然派ワインとコーヒーのお店『peg』の菅沼夫妻など若い人による新しいお店もどんどん増えているし、反対に後継者や体調面を理由に老舗のお店が閉店してしまうことも。
こういう松本の現状を見て、自分の店だけではなくもう少し視野を広げて街づくりに取り組んでいるのが、ブックカフェ『栞日』の菊地君です。
毎年オフシーズンの冬場に、お店同士の繋がりも強くなりつつ、街全体の活性化にもつながる「winter walker」というスタンプラリーイベントを行うなど、街を盛り上げたいという強い想いと行動力を持って活動しています。

――これからどんな松本になっていくのか楽しみですね!
金子さんのこれからの目標は?

金子  当面の目標は、お店を立ち上げた当初に目指した親子連れやこれから親になる若い世代の人たちに、アルプスごはんを食べてもらって、今自分たちが暮らしている街に素晴らしい農家さんや作家さんがいるということを知ってもらう場にしたいです。

食べることは生きること。
そのことに今の若い子たちやお母さんたちに少しでも気づいてもらえたら嬉しいですね。


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「食を通して人と人とをつなげたり、おいしく楽しい時間をつむいでいきたい」という金子さんの強い想いは、松本を訪れる人と地元の方の心を動かします。
次回は金子さんがつないでくれた松本の今を作る人たちを訪ねます。
どうぞお楽しみに!

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株式会社ヒュー
株式会社ヒューは「食」を中心とした広告や商品パッケージの撮影から、レシピの開発・提案・クッキングの手配や出版物・WEB・デザイン・SNSを使ったコミュニケーションツールなど多彩にご提案が出来る「食の総合プロデュース会社」です。
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