小江戸・川越から世界最高水準のビールと地元の農業の魅力を発信する「コエドブルワリー」朝霧重治氏インタビュー

江戸時代に城下町として栄えた面影を今に残す小江戸・川越。蔵造りの街並みには飲食店や土産物屋が軒を連ね、多くの観光客が訪れる人気のエリアとなっています。
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この川越の地で生まれたビールが今回ご紹介する「コエドブルワリー」です。
国内だけでなく海外でも広く知られ、ワールドビアカップなど数々の受賞歴を誇ります。
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▲世界最大のビアアワード「ワールドビアカップ」や、欧州最大のビール品評会「ヨーロピアンビアスターアワード」など受賞歴多数

世界にも認められるビールづくりを始められた経緯やものづくりに対する想いについて、代表取締役社長である朝霧重治さんにお話をうかがいました。

川越の農業の始まりは江戸時代にさかのぼる

――まずは会社の成り立ちから教えてください。

朝霧さん
(以下敬称略) 当社は株式会社協同商事という有機野菜に特化した産地直送商社で、ビールはその中の一事業です。
私の妻の父にあたる朝霧幸嘉が創業したファミリービジネスで、私は2代目にあたります。

会社がスタートした70年代は、当時日本は公害や社会問題として食べ物の安全性について問われていた時代。
そこで義父は有機栽培など人間の身体だけではなく地球環境にも優しいサスティナブルな農業を目指して、農業をシステムとして捉え直すために会社を立ち上げました。
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――いわゆるアグリベンチャーをかなり早い段階から始められていたんですね!そこからなぜビール事業を始められたのでしょう?

朝霧 それはこの川越の地の農業と密接に関わっています。
このあたりは武蔵野台地で、元々は痩せた赤土で農業には向いていない土地でした。
そこに雑木林を植えて腐葉土を作って畑に入れるという循環式農業を江戸時代から続けることで、表層土を豊かな黒土に変えていったんです。

――サスティナビリティが高い農業を長く続けてきている地域なんですね!

朝霧 こういう土地で食料を増産していくために、栽培がしやすく手っ取り早くカロリーが摂取できるものとして元禄年間に薩摩の国から芋がやってきたのが、川越でのサツマイモ栽培の始まりです。

――今や川越イモはブランド化されていますもんね。

朝霧
 ただし同じ畑で同じ野菜を植え続けていくと連作障害というものが起こって土地が痩せていったり特定の病害虫が発生しやすくなる。
そこで輪作といって様々なものを植えることで土地の力を回復させるんです。
例えば麦などですね。
こうして緑肥として植えられた麦は、収穫されずにそのまま鋤き込まれていました。

――それはもったいない!

朝霧
 かと言ってただ収穫して原料として販売してもいくらにもならないんですよ。
そこでヨーロッパの農業のように食品に加工して販売したら実入りの高い付加価値の高い農業になるのではないか!
こういう先進国型の農業を目指した結果、ビールづくりにたどりついたんです。

サツマイモのビールの誕生から脱・地ビール宣言

――コエドビールと言えば、サツマイモを原料にした「紅赤 -Beniaka-」も有名ですよね。

朝霧 ビールづくりを始めたきっかけは先程お話しした理由なんですが、ビールをつくるために必要な麦芽を小規模醸造所でつくろうとするとなかなかビジネスとして成り立たせるのはなかなか厳しい。

そこで目を付けたのが規格外品で捨てられていたサツマイモでした。

当時の日本はバブルが崩壊した後で、特にダメージを受けた観光地の新しい土産物や観光スポットを作るという“地ビール”ビジネスモデルが推奨されていました。
こういう背景のもと、1994年には酒税法の改正により全国に小規模醸造所がつくられ、1995年~1996年に地ビールブームのピークが来たんです。

――確かに全国どこに行っても地ビールを見かけるようになりましたね。

朝霧 中にはものづくりのレベルが低いのに、価格はご当地もの価格というものも。
それじゃあ地元の人は買いませんよね。
ブームが過ぎれば観光客からも見放され、地ビールというものがネガティブなものになってしまったんですよ。

地ビール全体がそんな有様だった時、当社も例外ではなかった。
撤退するか、抜本的に改革するか、2つの道しか残されていませんでした。
ただしコエドの良かったところはものづくりの質は悪くなかったので、もっとその部分を強化してビールの本質的なおいしさを伝えていきたいなと。

その時に出会ったのがアメリカ人たちが提唱していた「クラフトビール」だったんですよね。
コンセプトは小規模に職人的につくられたビールそれぞれの個性を楽しむということ。
当社もこの考え方に沿って再出発することにしました。

もともとドイツからビール醸造の専門家であるブラウマイスターを社員として雇用して、忠実なドイツビールをつくっていたのが、もともとの地ビール時代の“小江戸ブルワリー”で、在京のドイツ人のコミュニティにも広まり、ドイツの大使館でのパーティーでも使ってもらえるようになっていました。
ベースとなる醸造技術の蓄積はあったのです。
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――なるほど。地ビールからクラフトビールへの方向転換だったんですね。

朝霧 そうですね、2006年から地ビールという言葉も封印し、ビール事業部門の名称も「小江戸ブルワリー」から現在の「コエドブルワリー」に変えました。

――中身も変わったんですか?

朝霧 2006年に今までの商品を全て終売にして、現在の定番商品である「瑠璃 -Ruri-」「白 -Shiro-」「伽羅 -Kyara-」「漆黒 -Shikkoku-」「紅赤 -Beniaka-」の5種類のビールを同時に発売しました。

コンセプトは「Beer Beautiful」。

選ぶ楽しみがあるのがビール本来の姿であるということがコエドからのメッセージです。

――最近若者はビールだけはなくお酒自体を飲まなくなってきていますよね。

朝霧 やはり時間の過ごし方も多様化しましたし、若者に限らず中高年層もお酒を飲む相対的な機会が減っていますよね。

でもビールを飲みながら楽しめるようなイベントなど場を提供してあげると年齢層関係なく集まってくださるんですよ。
だから商品のストーリーも大事だけど、飲む場のストーリーも大事なんだど思います。

ものづくりのプロのコラボレーションでビールはもっとおいしくなる


――コエドビールとしてシズル感についてはどう考えていますか?

朝霧 ビールと言えば居酒屋の生ジョッキといった一つの典型的なイメージがビールのシズル感ではないと考えています。
それは季節によっても異なりますし、パーティーなのか、バーなのか、シーンによってそれぞれのシズルがあるのかなと。
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――各商品にこれだけの特徴があるものを一様に飲むのはもったいないですよね。
中身以外で取り組んでいることはあるんですか?

朝霧 ビールにもワイングラスのように種類があって、それぞれのビールの香りを楽しめるようなグラスがあってもいいのかなと。

――グラスが違えば見え方も変わりますし、不思議と味も変わる。
缶からそのまま飲むのもいいけれど、グラスに入れた時の色味や泡の感じを眺めながら飲むのとはではまた違った味わいを楽しめますよね。

朝霧 そこで今、ガラス製品の菅原工芸硝子さんと一緒に各商品に合ったグラスをコラボレーションでつくるなど取り組んでいます。
何でもかんでも自社でやるのではなく、それぞれの理想観は等しいんだけどアウトプットは違う人たちのコラボレーションはおもしろいですよね。

――なるほど。分野は違っても職人さん同士ってどこか通じるところがありますよね。

朝霧 ものづくりの話だと、屋内外のイベントに出店販売する際のブースキットが2018年度グッドデザイン賞を受賞しました。
埼玉県飯能市の西川材のヒノキを用いて軽量化し、同市在住の木工作家の方に制作をお願いしました。
デザインも蔵の街・川越の黒漆喰や黒瓦、木格子が続く街並みをイメージ。
まさに地元のアイデンティティが表現された作品です!
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地元の人が誇れる地ビールをつくりたい


――改革から丸12年経って、今朝霧さんはどんな変化を感じていますか?

朝霧 クラフトビール界全体に感じることですが、単純に大手と小規模醸造所という対比ではなくて、理念とか理想も全く異なるそれぞれのメーカーが自分の個性を各地域の特性とうまく合わせてお客様にお伝えしていくようなフェイズになってきたと思います。

――元々日本は地域色が豊かですし、今若い方でもその部分を大事にされている方は多いですよね。
先日お話をうかがった、松本の種採り農家さんもまだお若い方でしたが、その地域の固定種・在来種の野菜を守りながら栽培されていました。
そういえばその活動を始められたのは、埼玉県飯能市の『野口種苗研究所』の方の話を聞いたことがきっかけだそう。

朝霧 野口さんは私も何度かお話しさせていただいています!
やっぱり自然が原点なんですよね。
当社でもこれから農業に再着手しようとしているんです。
2016年に埼玉県東松山市に新設された工場は、企業の研修施設跡地を改修したものです。
ここは100年先を見越した拠点で、広大な敷地もゆくゆくは農地としての活用を予定しています。

今東京大学の山田一郎名誉教授が代表を務める「IT農業プロジェクト」にも参加しているのですが、従来の農業にITを活用した新しい農業システムを取り入れていこうと考えているんです。

そこでコエドビールとしては、一度否定しなければならなかったトラウマを乗り越えて、地ビールに戻れるかなと思っています。
地域に密着しているということは、本当は否定すべきものではなくて、僕らの大きな個性なんですよね。

当社は埼玉のブルワリーとして地元の水を使い、地元の方を雇用してビールづくりをしていますし、私自身も埼玉出身です。
だから以前のようなブームとしての地ビールではなくて、地域の方たちにも喜んでもらえるような地ビールをつくっていきたいなと思っています。

なのでこれからは商品だけではなく、この工場を拠点に地域や場というもう一つの個性についても丁寧に伝えていきたいですね。
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▲昭和50年代に建てられた企業の研修所を高度成長期の昭和の産業遺産として美しい建築を生かしながら改修した醸造所。 醸造には井戸水を使用し、醸造活動で排出される排水や麦芽の粕や酵母も自然に帰すことでサステナブルなクラフトビールづくりに取り組まれています

世界中で高い評価を受けているコエドブルワリーが今見つめる先は地元です。繊細で奥深いコエドビールの味わいには、地域の農業の歴史と文化が脈々と受け継がれています。

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株式会社ヒュー
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