「受け継がれる伝統と、松本に吹く新しい風」松本探訪記vol.3

以前食の撮影スタジオhueでイベントを行ったことでご縁のある、フードユニット「つむぎや」の金子健一さん。
現在は拠点を東京から長野県松本市に移され、『アルプスごはん』という食堂を営んでいらっしゃいます。
開店の経緯をうかがうと、様々な人のつながりとそれによって広がる街の姿が見えてきました。
金子さん、そして金子さんがつないでくれた松本の人を訪ね、松本の今を全3回にわたってご紹介します。

第3回目では、農家さんや工芸作家さんなどから見た松本の姿をご紹介します。

種をつむぎ伝統を守る農家『SASAKI SEEDS』佐々木俊成さん・貴美子さん

『SASAKI SEEDS』はアルプスごはんに野菜を届けている農家の一つです。佐々木俊成さん・貴美子さんご夫妻は、長野県松本市里山辺にて固定種(形質が親から子へ受け継がれる種)・在来種(その地方風土に適応した種)の野菜から種採りをしながら農薬や肥料を使わない無肥料自然栽培を行っています。
貴美子さんは金子さんの奥さんと同級生。
金子さんが松本に来たタイミングで佐々木さんご夫妻が農業をしているということを聞いて連絡を取ったことからのご縁だそうです。
佐々木さんご夫妻の取り組みについて貴美子さんにお話をうかがいました。佐々木シーズHP(仮)1.jpg――佐々木さんは代々農家のおうちなんですか?

佐々木貴美子さん(以下敬称略) そうですね。
この山辺地区はぶどうの産地で、主人の実家もぶどう農家です。
その他に自家用にお米と野菜も作っています。

ただ主人の両親は農業の大変さを分かっていたので、主人には継がせず、主人もサラリーマンの道を選んだんです。
でも主人は30代後半になってこれから先の人生を考えた時、もっと世の中の役に立っているということが実感できる仕事がしたいと思うように。
そこで結局農業の道を進むことになりました。

――種採りを始められたきっかけは?
種採りをすることでどんなことが起こるのでしょう?

佐々木 きっかけは主人がたまたまラジオで聞いた、埼玉県飯能市で在来種・固定種の野菜の種を扱う『野口種苗研究所』の話です。
野菜は同じ土地で種を採り続けると、その土地の気候や栄養分を記憶してより生命力が強くなって発芽が良くなったり、生長も安定します。
そうしてできた野菜は味も濃く、本当においしいんです!

でも種採りのためには他品種との交配を避けなければならず、そのためにはある程度の土地が必要だったり、品種によっては手作業で受粉作業を行うなど手間がかかるので、種採り農家の数は年々減り、全国的に在来種・固定種の種もなくなってきているのが現状です。
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▲肥料・農薬には頼らず、植物と土の本来持つ力を引き出す自然栽培で育てた固定種と在来種の野菜の種を毎年大切につむいでいます

――一般的な農家さんとは何が違うのでしょう?

佐々木 多くの農家ではF1種という交雑によって生まれた一代雑種を買っています。
一代雑種には、メンデルの第一法則「優劣の法則」により両親の形質のうち優性だけが現れるので、生長が早くなって収穫量も上がります。
でもここから種採りをしようとすると、今度は隠れていた劣性の部分が3割の確率で出てきてしまうんです。
なので農家は毎年F1種を買い続けることになります。

――なるほど。安定した大量生産のために考えられた方法なんですね。

佐々木 でもスーパーで並んでいるものは誰が作ったのかは分かりません。
そこで主人は自分じゃなきゃ作れない野菜を作りたいと思い、まずはネットで種を仕入れるところからスタート。
最初の4年間ぐらいはサラリーマンをやりながら空いている時間は全て勉強や農業作業にあてるような生活を送り、2年前に脱サラして本格的に農業を始めました。

――こちらの野菜はどこに卸しているのでしょう?

佐々木 今はレストランや個人宅に発送したり、栞日さんなど松本市内の何店舗かで店頭販売しています。
今は野菜セットを組むために多品種を作っていますが、これからは品種を絞り、例えば「SASAKI SEEDSといえばトマト」のような看板商品を作っていきたいですね。
この先10、20年と続けていくことが大事なので、作業を単純化・効率化していくことが今の課題です。
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豊かな自然の中で制作活動を行う『工房茶虎』大曽根俊輔さん

松本はクラフトの街としても知られ、市内には多くの作家さんが工房を構えています。
今回金子さんからご紹介いただいたのは、『工房茶虎』の大曽根俊輔さんです。
大曽根さんは工房で彫刻などご自身の創作活動と金継ぎの教室を運営しています。
金子さんとの出会いは、金子さんがアルプスごはんの店内の扉と収納を作っている人を探していたところ、栞日の菊地さんの奥さんの希美さんから紹介されたのが大曽根さんだったそうです。
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――大曽根さんのご活動の経歴を教えてください。

大曽根俊輔さん(以下敬称略) 僕の生まれは神奈川県です。
武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科と、東京藝術大学保存修復学科修士課程を卒業後、京都で11年間文化財の修復の仕事に携わりました。
有名どころでは、平等院、東大寺、三十三間堂や唐招提寺の三尊などの修理に携わりました。

――国宝ですね、すごい……。

大曽根 仏像の多くは木彫ですが、興福寺の阿修羅像のように漆を麻布で固めた中が中空な脱活乾漆という技法や、唐招提寺の千手観音像のように木彫のあと木屑を混ぜた漆を盛り付けて成形する木心乾漆という技法で制作されたものもあります。

僕はその乾漆技法を対象により使い分け、動物の彫刻を制作しています。
最初の作品は今から10年前に作った、木心乾漆(木の芯に漆を盛り上げて彫刻する技法)によるバク。
お寺で修復作業をしていた時、捨てられていた木材が京都の動物園で見たバクが座っている姿に見えて作ってみたことが作品づくりのきっかけです。

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――松本にはいついらっしゃったんですか?

大曽根 こちらには3年前に移住してきました。
京都では狭い町家で暮らしていたのですが、創作活動はある程度広い場所で取り組みたいなと思ったんです。
そこで友人もいて何度か遊びに来たこともあった松本の開放的な環境はいいなと。
おいしい飲食店やおもしろいお店がありますし、魅力的な人もたくさんいるし、さらにそういう人たちがどんどんつながっていくので刺激になるんですよ。
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――こちらでは金継ぎの教室もやってらっしゃるんですよね?
どんな教室なんですか?

大曽根 金継ぎは全8工程あり、1工程ずつ乾かす時間がいるので月1回のペースで8ヶ月が基本コースです。
みなさんご自宅から自分が修復したい器や、人から頼まれた器を持ってきて作業をされています。

今はこちらの教室の他に、上田市のキビクラフトさんや松本市のギャラリーsenさん、伊那の草の音さんに飛騨高山のやわい屋さん、ReBuilding Center JAPANでも出張教室をやっています。
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▲教室を楽しみに毎月遠方から通って来る生徒さんもいらっしゃいます

――創作活動の今後の予定は?

大曽根 今年の4月には東京と松本にギャラリーがある、『ギャラリー石榴 南青山Room』で個展を開きます。
その後5月は松本を巡回します。

また9月には初の海外出展で、北京での個展が決まりました!
金子さんが毎年『クラフトフェアまつもと』に来ていて北京にギャラリーがある鈴木商店さんのオーナーの方とつないでくれたことがきっかけです。
そのオーナーの方もぜひ金継ぎを学びたいということで、今年から教室に通ってきてくれていますよ。
北京では金魚のモビールや、ギャラリーの視察で行った北京の動物園で見たパンダの木心乾漆像の出展を考えていて、現在制作中です。
今年は転機の年となりそうですね。

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澄んだ空気で香りが開く自然派ワインとスペシャルティコーヒーの店『peg』菅沼博文さん・摩利子さん

旅の締めくくりに訪れたのは、自然派ワインとスペシャルティコーヒーのお店『peg』。オーナーは菅沼博文さん・摩利子さんご夫妻です。
おすすめはソーセージ、パンチェッタ、ベーコン、ハム、ベーコン、パテやレバームースなど自家製のシャルキュトリーと、それを使った料理です。まるでご夫婦のお人柄をあらわしたようなお店は温かい雰囲気で、お昼も夜も気軽に立ち寄ることができます。
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お話はソーセージの仕込み作業中の博文さんのお隣で摩利子さんにうかがいました。
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▲丁寧に仕込まれた自家製のシャルキュトリーはシンプルに焼いても料理に使っても格別のおいしさ!

――お二人はどんな経緯でこちらにお店を出したのでしょう?

菅沼摩利子さん(以下敬称略) 私たちはお互い松本出身で、10年前に結婚した当初は東京に住んでいたのですが、いずれは松本に戻ってお店をやることが夢だったんです。
元々主人は自然派ワインとシャルキュトリーの店、私はコーヒーの仕事をしていたので、そのままのスタイルで2016年に『peg』をオープンしました。

――お店のコンセプトは?

菅沼 まず『peg』という店名は、夫婦の趣味であるキャンプの道具の名前が由来です。
キャンプでテントやタープを張る際ロープを地面に固定する道具なので、縁の下の力持ちとして支える、つなげるという想いが込められています。

カウンターだけにしたのはワインとコーヒーを気軽に楽しめる店にしたかったのと、女性が一人で気軽に入れる店にしたかったから。
夜はスタンディングスペースもあり、ワイン1杯だけでも楽しめますよ。

ワインはフランスのものが9割、日本のものが1割です。
ワインに限らずですが、可能な限りフランスや日本の生産者を訪ねるようにしているので、どういう人がどういう思いでどんな場所でどうやってつくったものなのか説明できるような、ストーリーのあるものを揃えています。

――都市部以外でなかなかこういうお店はないですよね。
どんなお客さんが多いんですか?

菅沼 お客さんの年齢層は30~60代が中心で、最近は20代の方も増えてきています。
地元の方だけでなく観光客の方も多いですね。
あと工芸作家さんもよくいらっしゃるのは松本ならではかもしれません。
カウンターに木工やガラスの作家さんがずらっと並ぶことも!
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▲キャンプ道具のペグをモチーフにしたナイフ置きなど、店内にはキャンプ好きのお二人がセレクトしたグッズも

――お客さんとの会話も楽しそう!
菅沼さんにとって松本の魅力はどんなところですか?

菅沼 山と自然かな。
寒いけれど晴れの日が多く、空気がとてもきれいなんです!

こういう気候はシャルキュトリー作りにも向いていて。
お店では『SASAKI SEEDS』の野菜を中心に使っていますが、冬は健命寺野沢菜を漬けたもの、夏はセミドライにしたブラジルミニトマトやパクチーを入れたソーセージなど、季節の野菜に合わせたものを作っています。
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▲滋味深くまろやかさな味わいの「長野県産のブルーチーズ」、旨味が凝縮された「自家製のパテ・ド・カンパーニュ」、ダッチオーブンで野菜の甘味が引き出された「ソーセージと野菜のはさみ焼き」

また、このきれいな空気はワインの香りを邪魔しないんです。
東京のインポーターの方たちとこっちで飲む機会があったのですが、「こんなにワインの香りが開くんだ!」といってびっくりされていました。

――食材にとっても最高の環境なんですね。

菅沼 あとは自然に囲まれているので、趣味のキャンプにも気軽に行けるのはいいですね。
休みの日には友人たちとワイン持ってキャンプへ行ったり、バーベキューをしながらいろんな話をするんです。
そこで料理や店作りのアイデアが生まれることも!
大事なことはだいたいキャンプの場で決めることが多いですね(笑)。

――お二人の夢は?

菅沼 いつかは宿泊できる場所をつくれたらいいなと。
そして1日の終わりにはお客さんと一緒に飲んで締めくくりたいですね!
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松本の街には新しいものを作っていこうとする人と、伝統を守っていこうとする人がいます。その両者が共存するこの街では、今日も新たに人のつながりやストーリーが生まれています。


※人をつなぎ、おいしい時間をつむぐ食堂『アルプスごはん』松本探訪記vol.1はこちら
※「松本の街づくりに取り組む人たち」松本探訪記vol.2はこちら

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