一貫の鮨から地球の未来を考える『松乃鮨』4代目・手塚良則さんインタビュー後編

1910年創業、品川区大森海岸の老舗鮨屋『松乃鮨』。
世界へ向けて日本の文化を発信する4代目・手塚良則さんにうかがったお話を前後編にわたってご紹介します。
前編では『松乃鮨』の歴史と、鮨職人として異色の経歴を持つ手塚さんのこれまでについてお話をうかがいました(過去の記事はこちら)。
後編では鮨のシズルや今後の取り組みについてうかがったお話をご紹介します。

野菜も果物も鮨になる! 世界に広がる鮨文化


――海外の方に鮨を出されてきて、ここ数年で反応の変化は感じますか?

手塚良則さん(以下敬称略) 鮨について表面的な知識だけではなく、文化的な背景などどんどん深い部分を知りたがる方も増えてきました。
それだけ鮨というものが世界に広まったことは確かなのですが、まだまだ完全なグローバルフードとは言えません。
イタリアのイベントで100ヵ国の方に向けて鮨を握った時の話ですが、南米やアフリカの方の中には生モノというだけでにおいを嗅いで結局食べないという方も多かったんです。
結局鮨はきれいな水が必須条件であり、さらに輸送のシステムが整った先進国の食べ物であるというのが現状です。
手塚さん06.jpg

――今は世界中にお鮨屋さんがありますが、入ってみると格好は職人風のアジア圏の方がカウンターに立っていて、「これが鮨?!」というものが出てくるお店もありますね。

手塚 そうですね。
でも同時に僕は鮨はローカライズされるべき食べ物だと思うんです。
鮨は日本古来に鮒鮨のような保存食としてスタートしたものであり、そこから早ずしと呼ばれる握り鮨の原型ができたのは今からたった200年前なんです。
だから鮨というと握り鮨を思い浮かべる方も多いと思うのですが、それはあくまでも江戸のローカルフードなんですよね。
それがカリフォルニアに行けばカリフォルニアロールとなり、ブラジルではイチゴを使った鮨もあったりとそれぞれの場所で発展しているものなので、鮨の定義って難しいんです。

――なるほど。
国内のことを考えれば、日本人でも国内旅行をした時にはその土地の魚を使った、そこでしか食べられない鮨を食べようと思いますよね。

手塚 そうやって楽しむのが鮨だと海外の方にも伝えていければいいなと思います。
東京や京都だけでなく、その他の地方に行った時にそこでしか食べられない鮨や郷土料理を楽しんでほしいですね。
こういうことを伝えられるのは、カウンターに立ってお客様と直接会話ができる我々鮨職人の強みだと思います。
例えばうちで最後に出す味噌汁はこういう味噌を使っているけれど、京都ではまた違った味わいの味噌汁がいただけますよ、とか。

手塚さん08.jpg

――お客さんと向かい合う鮨職人だからこそできることがたくさんあるんですね!

手塚 僕はこの鮨屋を継ぐにあたり、職人ではなく経営者になろうか迷った時期もありました。
でも僕は元々人が好きで、ガイドとして働いた時期もありましたし、やっぱり目の前にいるお客様のために走り回って、笑顔になってもらうことが幸せだったんですよね。
だから今はその手段がスキーから鮨に変わったというだけですね。

究極のファーストフードである鮨のシズル

――手塚さんは鮨のシズルはどこにあると考えますか?

手塚 鮨は元々庶民の食べ物で屋台から始まったとされていますが、僕は鮨のシズルの源もそこにあるのではないかと思います。
たとえば手巻き鮨ですが、僕らはその都度海苔を炙り、シャリの温度も普段よりも下げることで湿気を海苔に伝えないようにしています。
そして提供する時にはお客様に手渡ししてすぐに召し上がっていただくことで海苔のパリッと感を味わっていただきます。
つまり鮨は生産と消費が同時に行われる、究極のファーストフードであり、ここにシズルがあるのかなと思います。
握り鮨についても、トンッとお客様の前にお出しした時の艶や輝き、シャリの温度、握られた空気感、そのすべてがシズルですね。

握り手02.jpg

――手巻き鮨に対する海外の方の反応はいかがですか?

手塚 この海苔の歯切れとおいしさには驚かれますね!
2019年6月のG20大阪サミットで配偶者の方々に向けて鮨昼食会をプロデュースした際にも手巻き鮨をお出ししました。

――国を越えて共有できるおいしさもあると思いますが、それぞれの国でシズルを感じるポイントが違うものもありますよね。

手塚 おっしゃる通りです。
たとえば海外の方には白子などの肝類はあまりお出ししません。
あと、赤貝などはパンッと叩くと細胞の委縮によってキュッと身が締まって動くのですが、それを見て「おっ新鮮だ!」と思うのは日本人です。
海外の方にとってはグロテスクになってしまう場合もあるので、お見せするかどうかは、その方がどれくらいご興味があるか判断してからにしています。

鮨で世界に届ける、日本のおもてなしの心

――今後やってみたいことについてお聞かせください。

手塚 日本の迎賓館、アメリカのホワイトハウス、もしくはノーベル賞の晩餐会など、世界の一流の方々をおもてなしする場において「鮨」を握り、日本のおもてなしを表現し、お迎えしたいです。
また、現場で握りながらも、文化としての「鮨」を伝えることを目指していることから、今、日本の大学や各教育機関で行っている「お鮨と日本文化・おもてなしの講演」を海外の大学で行い、その場でお鮨を握りながら世界の若者に「鮨」を通して日本文化を伝えていきたいですね。

手塚さん05.jpg

――海外のイベントではどのように鮨を提供することが多いのでしょう?

手塚 カウンターを作ることもありますが、カクテルパーティーのアペタイザーとして出すことが多いですね。
お客様は片手にシャンパンを持ってつまむスタイルです。

――屋台で始まった鮨の本来の姿に近いですね。

手塚 G20のイベントでは15種類の魚と15種類の野菜を用意して、人によってメニューをすべて変えました。
たとえばベジタリアンやハラール対応であったり、人によって苦手なものが異なるなどいろんな制限があったので。
鮨は世界的に見れば衛生面の問題などまだまだハードルは高いのですが、これだけ「SUSHI」という言葉が広がっているので、今後はもっと世界のVIPを鮨でお出迎えしていきたいですね。
その時に日本のおもてなしなど日本文化をお伝えしたいです。
だから魚しか握らないとか、「こうじゃないと鮨じゃない!」というのではなく、ある程度許容範囲を広げて一貫から日本の素晴らしさを伝えられる鮨を握っていきたいですね。
カウンター手塚さん05.jpg

 NYの国連総会関連イベントでサステナブルシーフード『ブルーシーフード』を握る


――未来に向けてすでに動き出していることはありますか?

手塚 一つは、食育活動です。
若い世代・子ども達に向けて、日本の食文化である鮨がどんなものからできていて、普段目にしている日本の食や食文化がどれだけすばらしいかを伝え、誇りを持って生きていただきたいと思っております。
やはり食育は食の現場に立つ人間が率先して伝えていかなければいけないと思うんですよね。

もう一つは、海洋保全のための取り組みに参画しています。
2019年9月にニューヨークの国連本部で行われたパーティーでは、サステナブルシーフードである『ブルーシーフードガイド』に載っている魚を使った鮨を握りました。
海外03.jpg
海外02.jpg
これは近年水産資源が激減する中で次世代も魚介類を食べ続けられるように、おいしく豊富で安全なシーフードをリスト化したものです。
策定したのは、2004年にロックフェラー&カンパニー会長であるディビッド・ロックフェラーJr.によって海洋環境保護を目的に設立されたNGO団体『セイラーズフォーザシー』です。
sailorsロゴ.png
日本では、京都大学大学院非常勤講師で慶應義塾大学SFC研究所上席所員である井植美奈子さんが日本支局の代表を務められています。
うちも2018年より『ブルーシーフードガイド』パートナーに加盟しています。
元々日本の漁業は95%が家業として小規模で営まれており、まだ小さいサイズの魚が獲れると次世代のためにちゃんと逃がしていました。
それが今、一度に大量の魚を獲る漁業や乱獲によって水産資源が枯渇しています。
鮨屋は魚がなくなると商売ができなくなってしまうわけで、今や鮨職人も環境について考えていかなければならない立場にあります。
カウンター手塚さん02.jpg
日本の食文化のこれから、そして国境を越えた地球の資源のことを考えてカウンターに立つ手塚さん。
未来の「おいしい!」の一言のため、つくり手も食べ手もそれぞれの立場でできることを考える時に来ているのかもしれません。

著者プロフィール

著者アイコン
株式会社ヒュー
株式会社ヒューは「食」を中心とした広告や商品パッケージの撮影から、レシピの開発・提案・クッキングの手配や出版物・WEB・デザイン・SNSを使ったコミュニケーションツールなど多彩にご提案が出来る「食の総合プロデュース会社」です。
お問い合わせ

関連記事